ワイヴァーン
[ヨーロッパ伝承][紋章学]
Wyvern,Wivern(ワイヴァーン)【英語】
Wyver,Wyvre,Wiver,Wivre(ウィヴァー)【古英語】
ドラゴンの一種で、翼と2本の後脚を持ち、自在に空を飛ぶ。「飛竜」などと訳される。長い尾には毒があるとされることもある。紋章学などの図版から発展したもので、特別な伝承は持たない。ラテン語で《マムシ》を意味するvipera(ウィーペラ)に由来する。
■ 翼で大空を飛翔する2本脚のドラゴン
ワイヴァーンは中世ヨーロッパの紋章や図版などに登場するドラゴンの仲間で、2本脚で翼を持ち、空を飛ぶ。日本では「飛竜」などと訳されることが多い。近年のワイヴァーンは翼をはやしたドラゴンのような怪物としてイメージされていて、ドラゴンほど大型ではないものの、肩からはえた巨大な翼で雄大に空を飛ぶ強力なモンスターとして描かれる。ドラゴンとの明確な違いはその脚の数で、ドラゴンが一般的には四足獣の怪物としてイメージされているのに対して、ワイヴァーンは2本の脚しか持たない。
現在のワイヴァーンを念頭において実際に中世ヨーロッパで描かれるワイヴァーンの図版を眺めてみると、しかしながら、若干、印象が異なるかもしれない。中世ヨーロッパのワイヴァーンは、基本的には蛇のような身体をしたモンスターで、獣のような頭に、鷲のような脚とコウモリのような翼を持つ怪物として描かれている。長い尾の先端は銛のような形をして尖っている。決して大型のモンスターとしては想像されていなかったのではないかと思う。どちらかと言えばそのシルエットは「鳥類」を彷彿させ、蛇のような細い身体も相俟って、非常にスレンダーで華奢な印象を与える。
■ 紋章学とワイヴァーン
おそらくワイヴァーンは中世ヨーロッパの紋章の題材のひとつとして発展したものなので、他の怪物たちのように特別な神話や伝承があるわけではない。もともとドラゴンの紋章というのは古くからあって、そこから派生して、脚の数が2つ少ないワイヴァーンのような図版が考案されたのだろうと想像される。もともとドラゴンとワイヴァーンに明確な線引きがあったわけではないのだろう。そもそもドラゴンは脚のない蛇のようなものから、首がたくさんあるもの、犬のような頭がついているもの、複数の脚が生えているものなど、さまざまなものがいたわけで、ワイヴァーンもそんなドラゴンのひとつという位置づけだったものと想像できる。その中でも、翼をはやしたドラゴンが2本脚で描かれることが多かったのは事実で、おそらく、これは鳥からの連想であろうと思われる。これがワイヴァーンと呼ばれるようになっていったのであろう。ドラゴンがイギリス王室の紋章として選ばれて以来、他の国はともかくとして、イギリス王室では4本脚のドラゴンと2本脚のワイヴァーンは明確に区別されるようになったという。
■ ワーム伝承とワイヴァーン
ところで、イギリスには「ワーム伝承」があちこちに残されている。水辺や沼地、井戸などを根城にして、手も足もない大蛇のようなモンスターが口からは毒の液を垂れ流し、乙女などを誘拐し、田畑を荒らしまわるというもので、切っても切ってもその身体は再びくっつき、その身体で、退治にやってきた英雄を絞め殺そうとするのである。このような怪物ワームは、伝承の中では完全な悪役として振る舞い、英雄たちに退治される運命にある。後代になると、このワームは手足を生やしたり、翼を持ったりして、次第に一般的なドラゴンのイメージになっていく。ワームが4本脚のドラゴンに変遷していく中、図版の中で2本脚のワイヴァーンが生まれるようになったのは、従って、必然と言えるかもしれない。
■ ラテン語のウィーペラとフランスの怪物ヴイーヴル
ワイヴァーンは16世紀頃まではウィヴァー(Wyvre)と呼ばれていたようだ。その語源は《毒蛇,マムシ》を意味するラテン語のvipera(ウィーペラ)に由来すると言われている。あるいはフランスの怪物ヴイーヴル(Vouivre)に由来するという説もある。ヴイーヴルもコウモリのような翼を持つ毒蛇の怪物で、この怪物Vouivre(ヴイーヴル)が英語圏に入って転訛し、Wyver(ウィヴァー)およびWyvern(ワイヴァーン)になったのではないかとされる。 ヴイーヴルもおそらくはラテン語で《毒蛇,マムシ》を意味するvipera(ウィーペラ)に由来する。どちらにしても語源はvipera(ウィーペラ)だということになる。古英語のwyvreには《マムシ》という意味もあった。ちなみにラテン語のvipera(ウィーペラ)は現在の英語でviper(ヴァイパー)になっていて、これはもちろん、《マムシ》のことである。
■ 近年のゲームやファンタジィ小説でのワイヴァーンの描かれ方
「D&D」に登場するワイヴァーンの尾には毒があり、これで刺すという。多くのゲームでもこの設定を踏襲しているようで、毒針を持ったワイヴァーンというのがしばしば登場する。また、ドラゴンが炎のブレスを吐くのに対して、ワイヴァーンはブレスを吐かないという形でドラゴンとワイヴァーンを区別するゲームや小説もある。ドラゴンとは異なり知能が低いという描かれ方をする場合も多いようだ。また、ワイヴァーンを騎乗用に利用する物語もある。
《参考文献》
- 『図説 幻獣辞典』(著:幻獣ドットコム,絵:Tomoe,幻冬舎コミックス,2008年)
- 『シリーズ・ファンタジー百科 世界の怪物・神獣事典』(著:キャロル・ローズ,監:松村一男,原書房,2004年〔2000年〕)
- 『Truth In Fantasy 事典シリーズ 2 幻想動物事典』(著:草野巧,画:シブヤユウジ,新紀元社,1997年)
- 『Fantasy World 1 幻獣ドラゴン』(著:苑崎透,新紀元社,1990年)
- 『Truth In Fantasy 1 幻想世界の住人たち』(著:健部伸明/怪兵隊,新紀元社,1988年)
- 『モンスター・コレクション ファンタジーRPGの世界』(著:安田均/グループSNE,富士見文庫,1986年)