イ(五十音順)

イーアペトス

[ギリシア・ローマ神話]
 Ἰαπετός(イーアペトス)【古典ギリシア語】

イーアペトスはギリシア・ローマ神話に登場するティーターン族の一人。天空神ウーラノスと大地の女神ガイアの子。ティーターノマキア(巨人戦争)ではクロノスらに従ってゼウスと激しく戦い、彼らに敗れてタルタロスへと投げ込まれた。しかし、クリュメネー、あるいはアシアーとの間に巨人アトラースやプロメーテウス、エピメーテウス、メノイティオスなどの子供たちをもうけ、イーアペトスの子孫たちはその後もゼウスに反抗を続けていく。

縊鬼(イーグイ)

[中国伝承]
 縊鬼(缢鬼)〔yìguī〕(イーグイ)【中国語】
 縊鬼(イキ、イツキ、クビレオニ)【日本語】

縊鬼(イーグイ)は中国で首を括って自殺した人間がなるとされている鬼(グイ)のことである。鬼(グイ)というのは日本の鬼(オニ)のようなものではなく、死霊のようなものであると考えればいい。自殺した人間は転生することができず、地獄に行くこともできず、縊鬼(イーグイ)になって自分が首を括った場所から離れることもできず、夜な夜な自殺の場面を再現するのだとされる。自ら首を括ったのだから、彼らは激しい怨みを抱いていることが多く、仲間を求めていることもあって、縊鬼(イーグイ)と出会った人間も同じように首を括ってしまうのだと信じられている。突然、理由もなく自殺したくなるのは、この妖怪がとり憑いて道連れにしようとするからだとされた。

イーリス

[ギリシア・ローマ神話]
 Ἶρις(イーリス)《虹》【古典ギリシア語】

イーリスはギリシア・ローマ神話に登場する虹の女神さま。ヘーシオドスによれば、タウマースとエーレクトラーの子。したがってハルピュイアたちとは姉妹の関係にあたる。天界と地上とを結ぶ《虹》として、神々の使者と考えられた。ホメーロスの作品の中では、ゼウスの使者として、ヘーラーやアテーナー、英雄たちの前に現われ、さまざまなゼウスの言葉を伝えている。後代では特にヘーラー女神の腹心として描かれるようになった。長衣の上に軽衣をまとう、有翼の姿として想像された。

野狗子(イエコウツ)

[中国の妖怪]
 野狗子〔yĕgŏuzĭ〕(イエコウツ)【中国語】

戦場で脳みそを喰らう不気味な怪物!

野狗子(イエコウツ)は十七世紀中国で蒲松齢が書いた怪奇小説集『聊斎志異』に登場する妖怪。その名も「野狗子」という短編に登場する。日本では野狗子(ヤクシ)として知られている。人間の身体に獣のような頭を持った妖怪で、死体の頭蓋骨を破って脳みそを喰らうという。篠田耕一は「中国のグールのような存在」と説明している。「野狗(イエコウ)」というのは《野良犬》という意味なので、獣の頭は犬のような姿だったのかもしれない。餌食を漁るために死体が残された戦場や死体が埋葬された墓場に出没するという。けれども、必ずしも脳みそは死人のものである必要はなく、生きた人間のものでも食べられるという。

一六六一年(順治十八年)、山東省栖霞で于七という人物が農民たちを率いて清朝に反乱を起こした。清の軍隊はこの反乱分子を徹底的に弾圧したため、非常に多くの人が殺されたという。反乱軍の本拠地から逃れてきた李化竜は、夜間に大軍が行進するのに出会う。とっさに死体の中に倒れこんで死体の振りをして軍隊が通り過ぎるのを持った。ところが軍隊が通り過ぎると、今度は頭のない死体や腕のない死体などが立ち上がり始めた。首を斬られたものの、まだ首と身体がくっついたままの死体が「野狗子が来た!」と騒ぎ出す。ほかの死体たちも「野狗子が来た!」と騒ぎ立てた。李がびっくりして逃げようとすると、今度は人間の身体、獣の頭を持った怪物が出現し、死体の頭にかじりつくと、そこから脳みそをずるずると啜り始めた。李は恐ろしくなって頭を死体の下に隠したが、野狗子は次々と死体の脳みそを啜り、ついに李の頭をも齧ろうとする。そこで李は落ちていた石を握り締め、力任せに怪物の顔を殴った。この一撃は怪物の口の辺りに命中し、怪物はふくろうのような悲鳴をあげてそのまんま逃げていった。こうして李は何とか難を逃れることができたという不思議な物語。怪物が流した血溜まりの中には、先端が尖って反り返った十五センチあまりの歯が残されていたという。

中国の脳みそを喰らう怪物たち!

人間の脳みそを啜る怪物というのは世界的にはあまり例がないが、中国には意外と多かったりする。たとえば干寶の『搜神記』には媼(アオ)という妖怪が登場する。これは羊や猪などの獣に似た姿をした妖怪で、地中に棲んでいて、人が埋葬されると地中を移動してやってきてはその死体の脳みそを喰らう。また、袁枚の『子不語』には山和尚(シャンフゥシャン)という妖怪が登場する。これも人の脳みそを喰らう妖怪。普段は山に棲み、洪水が起こると人里へさまよい出る。身体が黒く、頭に毛がなく、水中を移動するので、まるで黒い袈裟をまとった僧侶のように見える。そこから山和尚と呼ばれるようになった。凶悪な妖怪で、ひとりでいる人間や病弱な人間をあざむいて誘い出すと、頭にかぶりついて脳みそを啜るという。

イエティ

[未確認動物(UMA)]
 གཡའ་དྲེད་(イェテ)《岩の獣》【チベット語】
 Yeti(イエティ)【英語】

イエティはネパールやチベットなどのヒマラヤ山脈周辺で棲んでいるとされる獣人型の未確認動物(UMA)で、ネッシーに並ぶ未確認動物の代表格である。日本では「ヒマラヤの雪男」などと呼ばれることもある。身長はおよそ一メートル半から二メートルほど。雪山の中で直立歩行するとされ、全身は毛深く、頭の先が尖っているという特徴が報告されている。

ヒマラヤ山脈というのはブータン、ネパール、インド、中国など多数の国にまたがる広大な山脈で、そのため、怪物の呼び名は地域によってさまざまで、メテ(མི་དྲེད་)などと呼ばれることもある。イエティ(Yeti)という呼称はシェルパ族の言葉で《岩》を意味する「གཡའ་(イエー)」と《獣》を意味する「དྲེད་(テー)」に由来するとされ、これが現代ではもっとも一般的な怪物の呼称になっている。

ネパール人の語る怪物「ラークシャサ」

イエティが最初に紹介されたのは一八三二年とされている。ホジソン(B. H. Hodgson)がネパール北部で登山をした際に、現地ガイドから聞いた怪物の話を、イギリスの雑誌「Journal of the Asiatic society of Bengal(ジャーナル・オブ・アジアティック・ソサエティ・オブ・ベンガル)」に寄稿したものがそれで、ここでは怪物はイエティではなくラークシャサと呼ばれている。インド神話のラークシャサ(रा॑क्षस)に由来するものと思われる。ホジソン自身はリアリストだったのか、これはオランウータンの誤認だろうと結論づけている。

イエティの夜明け

一八八七年にはインドのシッキム州北東部、およそ標高五二〇〇メートルの地点で巨大な足跡が発見されており、一八八九年にイギリスのワッテール(L.A. Waddell)大佐(書物などではウォーデル大佐と紹介されることもある)の『ヒマラヤの山中にて(Among the Himalayas)』によって紹介された。一般には、これがイエティの最初の記録ということになっている。当のワッテールはイエティの存在を信じていたわけではないようで、足跡はヒグマのものだろうとしている。  現地人の間ではさまざまな形で語り継がれていたイエティだが、ヨーロッパ人による目撃情報としてのもっとも古いものは一九二一年に遡る。ハワード・ベリー(Howard-Bury)らがエベレスト登山中にイエティを目撃したと報告している。一九二五年には写真家のトンバジー(N.A. Tombazi)がイエティを目撃したと報告。トンバジーは王立地理協会のメンバーだったこともあって、信憑性のある話として、当時、随分と話題になったようである。

一九四二年には、イギリスのクイーン・メアリ大学のウラディミール・チェルネスキー(Wladimir Tschernezky)博士がイエティの想像図を描いている。この図は一九四一年にスラヴォミール・ラウィッツ(Slavomir Rawicz)ら4人のポーランド人が目撃したという証言をもとに描かれたもので、二足歩行をするゴリラのような怪物として描かれている。この絵では、頭頂部がやや尖っている特徴が如実に表れている。

しかし、何よりも話題になったのは一九五一年十一月の登山家エリック・シプトン(Eric Shipton)による足跡の発見である。このエベレスト北面登山ルート、メンルン氷河上にて発見された足跡はおよそ三〇センチほどで、裸足で二足歩行をしているもの。この発見でイエティは一躍世界の注目を集めるようになる。

その後も多数の目撃情報や発見が相次ぐ。一九五三年にもエドマンド・ヒラリー(Edmund Hillary)らがエベレストにてイエティの足跡を発見。一九七〇年にはアンナプルナ南壁で登山家ドン・ウィリアムス(Don Whillans)が足跡を発見するなど、イエティに関する調査が進んでいく。一九七五年には、日本人もイエティを目撃している。冒険家の鈴木紀夫である。彼は一九七四年にルバング島で小野田少尉を発見したことで知られる冒険家だが、標高三五〇〇メートルほどのコーナボン・コーラという地点で、五頭のイエティを目撃したというのだからぶっ飛んでいる。日本のイエティ研究の第一人者の高橋好輝も標高四七五〇メートルのところで十八センチほどの足跡を発見している。

イエティがカメラに収められたこともある。一九八六年、アンソニー・ウールドリッジ(Anthony B. Wooldridge)によって遂にイエティがカメラに収められたのである。これは後に岩の誤認だという結論が出されたが、当時としては一大スクープであった。一九九八年三月、遂にイエティの姿がビデオカメラに収められた。ロシアの国境警備隊員三人が休暇中に偶然、イエティの姿を目撃。カメラで収めるのに成功した。イエティはゆっくりと雪の上を歩き、一度は転んだものの、起き上がって再び歩き始めた。

イエティの存在を示すさまざまな証拠?

二〇〇三年、シベリアのアルタイ山脈およそ三五〇〇メートル地点の永久凍土の中から、イエティのものとされる足の一部が発見された。人間の足によく似た形状で、足の裏には毛が生えていたという。

実は、このようなイエティに関わる証拠はたくさん発見されている。それがイエティを魅力的なUMAにしているのである。ヒマラヤの村落ポンボチェの寺院には「イエティの頭皮」が祀られていた。一九五四年にイギリスの探検隊によって報告されたもので、当時は類人猿、あるいはヒトに近い霊長類のものである可能性が高いとされた。この頭皮についてはヒグマやカモシカのような動物からつくった加工品ではないかとされている。また、チベットのボンゴマチェの寺院には「イエティの手」といわれる骨も伝わっている。人間の手よりやや小さい骨で、イエティの子供のものではないかとして話題になった。

イエティはヒグマか、それとも新たな類人猿か?

さまざまな目撃情報などから、イエティは三種類いると目されている。身長四メートル半ほどの大型種、二メートル半ほどの中型種、そして一メートル半から二メートルほどの小型種だが、これらが別の種類のものなのか、あるいは個体差なのかはよく分かっていない。四メートル半というのは少し大きい気もするし、話というのはとかく大きくなりがちなので、一メートル半からに二メートル半くらいのサイズというのが妥当なサイズなのだと思う。そのようなこともあるのだろう。最近では、実在が有力視されているのはめっきり小型種であって、高橋好輝氏も一メートル半くらいのイエティを想定して調査を進めているようである。

イエティは全身が毛深く、頭の先が尖っているのが特徴で、体毛は赤褐色、あるいは暗褐色だという。直立二足歩行で性格は比較的温和だというが、大型種は獰猛だという話もある。口笛に似た甲高い声を発するとも言われている。

イエティの正体については、イエティ=ヒグマ説が根強い。シェルパ族にヒグマの写真を見せたら「イエティ=ヒグマ」と認めたという話もある。そのほか、サルを見間違えたのだろうとか、甲高い声はユキヒョウのものではないかなど、さまざまに言われている。そもそもイエティの語源になっているシェルパ族の言葉、གཡའ་དྲེད་が《岩の獣》を意味し、ヒグマのことを指した言葉だったのではないかともされている。エベレスト登山は資金の必要な一大事業である。当時、資金源に苦慮した探検隊たちが、現地人をも巻き込んで、イエティという未確認動物をつくりあげ、その話題性を元に資金調達したのではないかともされている。真実は分からない。そういう探検隊もいたのかもしれない。けれども、未だにUMA研究家たちの間では、新たな類人猿の可能性を支持する声が根強い。

ところで近代ファンタジィなどでは雪のように白い体毛に覆われたイエティが描かれることが多い。雪山の中に身を潜めるのにはうってつけの姿だが、未確認動物としてのイエティにそのような特徴は備わっているという報告は聞いたことがないので、おそらくファンタジィ世界のオリジナルの設定であろうと思われる。

イギギ

[シュメール・アッカド神話]
 Igigi(イギギ)

イギギはシュメールの神話に登場する神々のこと。シュメール神話では神々は二つに大別され、アヌンナと呼ばれる偉大な神々と、イギギと呼ばれる下級の神々とがいたとされる。イギギはアヌンナに仕え、世界を維持するために働いていた。ところがあるとき、イギギは働くことを拒んでストライキを起こしたという。そこでエンキ神はイギギに代わって神々に仕えて働くように人間をつくり、イギギが働かなくてもいいようにしたとされる。

生霊(イキリョウ)

[日本伝承]
 生霊(イキリョウ、ショウリョウ、セイレイ、イキスダマ)【日本語】

生きている人間の霊魂がその身体から抜け出したものを生霊(イキリョウ)と呼ぶ。霊魂が抜け出している間、本人は眠ったような状態になっていて、そのときの記憶がない場合がほとんどであるとされる。嫉妬や怨みなど強い想いがあると、霊魂が抜け出し、生霊になって悪さをするとされる。『光源氏』に登場する六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の生霊は有名で、光源氏との間に子供をつくった葵の上に嫉妬し、夜な夜な彼女の枕元に現れて、彼女を苦しめ、呪い殺したとされる。御息所自身はそのことを覚えているわけではなかったが、自分の身体から芥子の匂いがすることを知って、自らが生霊になって葵の上にあだをなしたのだと察して恐れおののいた。芥子は当時、悪霊を退散させるための加持祈祷の道具だったのである。このように、生霊になっているときのことは憶えていないことが多いが、匂いが残るなど、生霊になっていたときにさまよっていた場所の匂いなどを身体に残すことがあるようで、何らかの痕跡が残るようである。

イクテュオケンタウロス

[ギリシア・ローマ神話]
 Ἰχθυοκένταυρος(イクテュオケンタウロス)【古典ギリシア語】

イクテュオケンタウロスは《魚のケンタウロス》を意味し、上半身が人間、下半身が魚で、馬の前脚が生えた姿の怪物。海の神々に従っている。しばしばヘレニズム時代やグレコ・ローマン時代の彫刻などで用いられたモティーフである。

石川悪四郎(イシカワアクシロウ)

[日本伝承][妖怪]
 石川悪四郎(イシカワアクシロウ)、悪四郎妖怪(アクシロウヨウカイ)【日本語】

あるとき、五太夫という人物が友人の三左衛門に誘われるまま、妖怪たちを見に真定山に行ったという。そこではさまざまな怪異が起こり、三左衛門は逃げるように山から降りたが、五太夫は山に留まり、翌朝になって下山した。その後、三左衛門は高熱で寝込み、五太夫の家には妖怪たちが跋扈するようになったが、五太夫は臆することなく寝ていたという。数日経ち、やがて僧侶の格好をした男が五太夫の前に現れ、五太夫に「何と勇敢な男だ。こうなったら我々は山を去るしかない」と言ったという。これが石川悪四郎だったという。

この物語は根岸鎮衛が『耳嚢』の中に五太夫から聞いた話として記録しているものである。同様の物語がすでに『稲生物怪録』にあり、そこでは主人公は平太郎、妖怪の頭領は山ン本五郎左衛門(ヤマンモトゴロウザエモン)となっている。おそらく、この物語から派生したものであろう。

イシュタム

[マヤ神話]
 Ixtab(イシュタム)

イシュタムはマヤ神話に登場する自殺の女神。不思議なことに古代マヤの人々は、首を吊って自殺した人間も死後の楽園に行く資格があると考えていたという。イシュタムは首を吊った人間たちを楽園へと連れていく女神さまである。その姿は異様で、首にロープを巻きつけてぶらさがった姿で、両目を閉じ、顔は腐り始めた女神として描かれている。

イシュタル

[アッカド神話]
 𒀭𒌋𒁯〔d.IŠTAR〕(イシュタル)【アッカド語】
 Ishtar(イシュタル)【英語】
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イシュタルはアッカド神話に登場する愛と豊穣、戦いの女神で、金星を擬人化した女神である。シュメール神話のイナンナに由来する。もっとも有名なイシュタルの神話は「イシュタルの冥界降り」で、イシュタルは地上だけでなく冥界も手に入れようと冥界へと降っていく。しかし、冥界を統治するエレキシュガル女神に力を剥ぎ取られ、殺されてしまう。エア(エンキ)神の助力もあって救出されるが、彼女の身代わりとして彼女の愛人であったタンムーズが冥界へ行くことになる。イシュタルは非常に奔放な女神とされ、多くの愛人をつくったとされる。アッカド王国を築いたサルゴン大王もイシュタルに愛された一人で、イシュタルの加護を受けて王になったとされている。『ギルガメシュ叙事詩』ではギルガメシュを誘惑する官能的な女神として描かれている。けれどもこのときはギルガメシュにはその性の奔放さを指摘され、愛を拒まれている。

イスラーフィール

[イスラーム][天使]
 إسرافيل(イスラーフィール)《燃えるもの》【アラビア語】

イスラーフィールはイスラームの神話に登場する四大天使の一人。最後の審判のときにラッパを吹き鳴らすとされる。四枚の翼を持ち、身体は非常に巨大で、天地ほどの大きさがあるという。悪徳の町ソドムを滅ぼした天使はイスラーフィールだとされる。贅沢に溺れるソドムの民に対し、まずジブリールが警告に行ったが聞き入れられず、ミーカールが警告に行ったが駄目。そこでイスラーフィールが派遣されたが、それでもソドムの民の態度は変わらなかった。そこで翌日、イスラーフィールは天使の一団を率いてソドムの町を訪れ、地震を起こし、焼けた粘土の礫を投げて人々を打ち殺したという。イスラーフィールは地獄を見回る役目も負っていて、昼に三回、夜に三回、地獄を巡回するという。そこで地獄の悲惨さを見て涙を流すという。この涙が雨になって地上に降り注ぐのである。イスラームの唯一神アッラーフが泣くのをやめるようにとめないと、地上は大洪水になってしまうとも言われる。

イズン

[北欧神話]
 Iðunn(イズン,イドゥン)【古ノルド語】

イズン(あるいはイドゥン)は北欧神話に登場する女神さまで、詩吟の神ブラギの妻である。彼女は神々に永遠の若さを約束する林檎を管理している。このイズンと常若の林檎が巨人に奪われたとき、アースの神々は途端に老い始めたという。そこでオージンに命じられてロキ神が常若のイズンと林檎を巨人から取り返した。

イッシー

[未確認動物(UMA)]
 イッシー【日本語】

鹿児島県池田湖に棲息するイッシー

イッシーは鹿児島県の池田湖に棲むとされる未確認動物(UMA)。ネス湖のネッシーの真似をして、池田湖のイッシーと名づけられた。屈斜路湖のクッシー、洞爺湖のトッシーと並んで「日本三大湖底水棲獣」などと称される。池田湖は、鹿児島県の薩摩半島南東部にある湖で、九州では最大のカルデラ湖。イッシー騒動の発端は、一九七八年九月で、法事の最中だった湖岸の住人たち約二〇名が、怪獣出現で法事もそっちのけで湖に向かったという。彼らの証言によれば、岸から三〇〇メートルほど沖を、二つのコブを持った生物が泳いでいったという。コブの間隔は五メートルほどで、全長二〇メートルくらいと推察される。黒く長い身体にはヒレ状のものも確認されている。指宿(いぶすき)市役所ではただちに「イッシー対策特別委員会」が組織され、イッシーの写真に十万円の賞金が懸けられた。十二月には松原寿昭氏によってイッシーの写真が撮影され、賞金十万円が送られている。一九九一年三月には岡静夫氏によりイッシーがビデオで撮影され、イッシーブームは再燃した。

イッシーは巨大化したオオウナギの仲間?

イッシーの場合、ネッシーやクッシーなどとは異なり、首をもたげた怪獣の姿というものは目撃されていない。湖畔には首長竜のモニュメントが置かれ、観光客を楽しませているが、実際、目撃証言を検証してみると、コブのようなものが湖面を泳いでいるだけである。池田湖には二メートル級の天然記念物、オオウナギが棲息していることもあり、イッシーは首長竜のような怪獣なんかではなく、巨大なウナギのようなものなのなのではないかとされている。イッシーと名づけられてしまったために、元祖ネッシーの影響を受けて首長竜のような姿にされてしまったわけである。

同じ鹿児島県の上甑(かみこしき)島にある鍬崎池には七メートルほどのウナギが棲息しているという伝説があり、沖縄県の水釜漁港には3.5メートルほどのイシチウナギという規格外の巨大ウナギが釣り上げられたという記録も残されている。池田湖にも二メートル級のオオウナギが棲息しているわけで、九州南部は巨大ウナギのテリトリーと言える。もしかしたら、池田湖には全長二〇メートルほどのオオウナギが棲息しているのかも……などと想像してみるのも楽しい。

一反木綿(イッタンモメン)

[日本伝承][妖怪]
 一反木綿(イッタンモメン)【日本語】

一反木綿といえば、水木しげるの絵を連想する人も多いだろう。白い布に小さな手がついていて、吊り上がった目を持ち、お尻の方は細くすぼんでいる。このイメージは水木しげるの創作である。もともとは夜道で身体にまとわりついてくる正体不明の妖怪を指していた。一反というのは大体10.6メートルくらい。人一人の着物をつくる長さである。夜中に道を歩いていると、どこからともなく長い布のようなものが飛んできて、身体や首にぐるぐると巻きついてくる。これが鹿児島県肝属郡の高山に伝わる妖怪で、一反木綿と呼ばれていた。場合によっては窒息させて人を殺してしまうものもいるようだ。姿だけならとても生き物には見えないが、ある侍が襲われたときに刀で切りつけたところ、この妖怪はすぐに姿を消してしまったが、手には血しぶきが残っていたというので、一反木綿には血が通っているのかもしれない。

イフリート

[アラビア伝承][イスラーム]
 عِفْريت(イフリート)、pl. عَفاريت(アファーリート)《狡賢い》【アラビア語】
 Ifrit(イフリート)【英語】、鬼神(イフリート)【日本語】

イフリート(عِفْريت)はアラビア伝承に登場する精霊の一種。日本ではしばしば「鬼神」などと訳される。『千一夜』にはよく登場する。「アラジンと魔法のランプ」に登場するランプの精も、実はイフリートである。イフリートは妖霊ジンニー(جِنِّيّ、単数形のジン(جنّ)の方が有名だろうか)の一種、あるいはその同義語である。ジンニーというのはマラーク(مَلَاك、天使)と人間たちの中間的な存在とされ、ちゃんとクルアーン(コーラン)の中にも登場する。クルアーンによれば、イスラームの唯一神アッラーフ(الله)は天使たちを光から、ジンニーたちを煙の立たない炎からつくったとされる。その後、最初の人間アーダムを土と水からつくった。アッラーフはジンニーたちに対して人間にひざまずくように要求したが、ジンニーの親玉であるイブリース(إِبْلِيس)はそれを拒んだため、天界から追放されたという。イフリートはそんなジンニーの一種である。ジンニーの中でも特に恐ろしいもののことをイフリートと表現するのだとする解釈もある。『千一夜』の中ではジンニーとイフリートは明確に区別されておらず、同じ存在のことをジンニーと呼んだりイフリートと呼んだりしている。《巨人》を意味するマーリド(مارِد)もイフリートやジンニーを指して使われている。

また、ジンが五つの階級から構成されるとする説もあり、一般にイフリートはその二番目の階級であるとされる。内訳としてはマーリド、イフリート、シャイターン、ジンニー、ジャーンである。この階級に関する伝承の出典は定かではないが、少なくともボルヘスが『幻獣辞典』の中で「ジンは五つの階級からなる」と言及している。しかし、ジンのトップであるイブリースがアル・シャイターンと呼称されることもあるため、この階級の真偽については何ともいえない。

近年のファンタジィ小説やゲームなどでは炎の魔神などと説明されることが多い。「ダンジョンズ&ドラゴンズ」を始めとして「ファイナルファンタジーシリーズ」や「テイルズ オブ シリーズ」では炎の属性を持った魔神として登場する。実際、一九八〇年代のゲーム関連の解説書の類いには「アラビア伝承に登場する炎の魔神」などとまことしやかに記述されていることもある(!)。けれども、アラビア伝承に登場するイフリートは、特に炎と強く関連づけられた精霊というわけではない。このような誤解は「ダンジョンズ&ドラゴンズ」の設定に負うところが大きい。「ダンジョンズ&ドラゴンズ」ではジンを水、火、風、土の四大精霊と結びつけて、それぞれ水の魔神をマーリド(Marid)、火の魔神をイフリート(Efreeti)、風の魔神をジンニー(Djinn)、土の魔神をダオ(Dao)とした。その後、さまざまなゲームでこの設定を踏襲したため、イフリートといえば炎の魔神であるかのような印象を与えている。ちなみに土の魔神ダオが何の伝承から引っ張ってきたのかは不明である。

ちなみに女性のイフリートは語尾に「ة(ター・マルブータ)」をつけてイフリータ(عِفْريتة)である。『千一夜物語』にも何度か登場する。

イポス

[悪魔学]
 Ipos(イポス)

ブレトンが描くイポス

イポスはソロモン王が使役した七二匹の悪霊の一匹。三六の悪霊の軍団を率いている。姿に関する言及は多く、ライオンの頭にガチョウの足、野ウサギの尻尾を持った天使の姿をした悪霊とされる。ブレトンはライオンの頭ではなく、ガチョウの頭にライオンのたてがみをくっつけたような不思議な絵を描いている。特にこれといった特徴的な能力があるわけではない。

イポスの紋章(シジル)(22.) IPOS. - The Twenty-second Spirit is lpos. He is an Earl, and a Mighty Prince, and appeareth in the form of an Angel with a Lion's Head, and a Goose's Foot, and Hare's Tail. He knoweth all things Past, Present, and to Come. He maketh men witty and bold. He governeth 36 Legions of Spirits. His Seal is this, which thou shalt wear, etc,.

(22)イポス 二二番目の悪霊はイポスである。彼は侯爵であり、強力な大公でもあり、ライオンの頭に、ガチョウの足を持ち、野ウサギの尻尾をした天使の姿で出現する。過去、現在、未来のあらゆることを知っている。人々を機知に富ませたり、勇敢にしたりする。三六の悪霊の軍団を統治している。彼の紋章はこれで、汝はこれを身につけなければならない。

(メイザース&クロウリィ『The Lesser Key of Solomon, GOETIA』より)

イルルヤンカシュ

[ヒッタイト神話]
 Illuyankas(イルルヤンカシュ)、Illuyanka(イルルヤンカ)

イルルヤンカシュはヒッタイト神話に登場する竜で、天候神であるテシュブ、あるいはプルリヤシュと敵対関係にあった。戦いの末、イルルヤンカシュは天候神の眼と心臓を手に入れる。天候神はイルルヤンカシュを倒すためにイナラシュ女神に宴会の準備をさせ、イルルヤンカシュを酔っ払わせ、人間の英雄フパシャシュに彼を縛り上げさせると、イルルヤンカシュを退治したとされる。天候神が自分の息子をイルルヤンカシュの娘に嫁がせ、息子に眼と心臓を取り返させるという別のヴァージョンの神話もある。この神話では、天候神は息子もろともイルルヤンカシュを倒す羽目になる。

この天候神とイルルヤンカシュの神話が、後代、ギリシア・ローマ神話に影響を与え、ゼウスとテュポーンの神話になったとされる。

インクブス

[中世ヨーロッパ伝承][悪魔]
 Incubus(インクブス)【ラテン語】
 Incubus(インキュバス)【英語】

英語表記のインキュバスの方がメジャーかもしれない。ヨーロッパの伝承に登場する夢魔。睡眠中の女性を襲い、子供を孕ませる。ラテン語のincubo《上に寝る》に由来。女性版はサクブス(サッキュバス)。魅力的な男性の姿で出現し、淫蕩に耽るように仕向ける。

インティ

[インカ神話]
 Inti(インティ)

インカ帝国はインティを国家神として祀っており、インティは太陽神として古代インカ人たちの祖先として崇められていた。インカ帝国の王たちは、インティの現人神(あらひとがみ)として帝国を統治していた。インカ帝国の基礎を築いたのもインティとされ、インティは息子のマンコ・カパック、娘のママ・オクリョなどの兄弟たちを地上に遣わせ、人々に農耕を教えさせ、衣服や住居の作り方などを教えさせたという。現在でもクスコでは「インティ・ライミ祭」という太陽神を祀ったお祭りが行なわれ、多くの観光客を集めている。

インビジブル・マン

[SF小説]
 Invisible Man(インビジブル・マン)《見えない人間》【英語】

インビジブル・マンというのは、いわゆる「透明人間」のこと。全身が透明であるため、目には見えない。一八九七年にハーバート・ジョージ・ウェルズ(Herbert George Wells)がSF小説『The Invisible Man(透明人間)』に登場させたのが最初である。その後、SF作家たちの格好の題材として繰り返しとりあげられるようになった。彼らは姿が見えないため、衣服だけが奇妙に動いていたり、手に持ったものだけがふわふわと宙に浮いて見えたりするわけだが、物語の中などでは全身に包帯を巻いて透明であることを隠していたりする。また、しばしば、黒いサングラスにロングコート、帽子というのが透明人間のステレオタイプな描写になっている。ウェルズの小説の中では、透明になる薬品を開発した科学者がそれを利用してさまざまな事件を起こす。後天的な透明人間である。作中では空気と屈折率の等しい肉体を持つ人間という設定になっていて、実体はあるため、身体に触れることはできるようだ。

ところで、透明人間は全身が透明であるため、当然、眼球の水晶体や網膜なども透明になっていると考えられる。そうなると、理論上、眼から入る光が網膜上で像を結ぶことができないため、透明人間は視覚を持たないなどと指摘されることがある。姿が見えないことを利用して更衣室を覗いてやろうなどという不埒な考えは、どうもうまくいかないらしい。ちなみにウェルズの小説では、眼の部分だけは虹色に輝いていたと説明されている。

ちなみに道具や魔法などを用いて透明になるという発想は古くからあるようで、古代ギリシアではハーデースの帽子をかぶると姿が見えなくなるとされた。日本でも天狗の隠れ蓑をまとえば姿を隠すことができるとされている。中世ヨーロッパの魔法書『レメゲトン』にも、人間の姿を見えなくする能力を持った悪霊たちが何匹か記載されている。また、原始的な宗教では、神さまを不可視の存在として崇拝しているケースもある。

ファンタジーの世界においては、人間だけではなく透明な身体を持つ生物全般を指すために、インビジブル・ストーカー(Invisible Stalker)という言葉を用いることもある。また、後天的な特殊能力として透明になる力を持つのではなく、空気の精霊のようにうまれながらに姿を持たない存在として描かれることもある。

応龍(インロン)

[中国伝承]
 応龍(応龙)〔yìnglóng〕(インロン)【中国語】

応龍(インロン)は黄帝の直属の龍で、中国の龍の中では珍しく背中に翼を備えた龍。黄帝は三皇五帝の一人で、三皇の時代を引き継ぎ、最初の五帝になったとされる伝説の人物だが、彼が蚩尤という怪物と戦ったときに、応龍は嵐を起こして黄帝の軍を応援したとされる。しかし、この戦いで蚩尤から発せられる邪気を帯び、応龍は神々の住む天へと昇れなくなり、以降は中国の南方の地に棲むようになったという。そのため、中国の南方は雨が多く、他の地域は干ばつに悩むのだという。