雪女(ユキオンナ)
[日本の妖怪]
雪女〔yukionna〕(ユキオンナ)【日本語】
雪の夜や吹雪のときに現れる女の妖怪。日本全国にさまざまな伝承が残されている。有名なのは小泉八雲の『怪談』で語られる「雪女」。吹雪の夜に山小屋に泊まった2人のきこりの前に現れた。老いた茂作を殺すものの、若い箕吉には恋をしてしまい、雪女のことを口外しないよう約束して命を助ける。お雪という人間に化けて箕吉と結婚し、幸せな家庭を築いた雪女だったが、箕吉がうっかり山小屋での一夜を口にしてしまったために泣く泣く姿を消す。
■ 吹雪の夜には、白い着物の女の妖怪
雪女といえば、どんな妖怪を想像するだろうか。透けるような白い着物をまとった若く美しい女の妖怪だろうか。雪の降る夜に、吹雪とともにやってきて、山小屋で眠る2人のきこりを襲う。年老いたきこりは白い息をふっと吹きかけられて凍死してしまう。けれども、雪女は若いきこりを見て手をとめる。恋してしまったのだ。だから殺さずに助けてやる。この有名な雪女のエピソードは、小泉八雲が『怪談』の中で書いて有名になった物語だ。雪女は日本各地に伝わっている。だから地域によってさまざまな雪女が知られていて、性格も少しずつ異なっている。雪女はもっとずぅっと多様だ。
一般的に雪女というのは雪の多い地方に伝わっている雪の妖怪で、大抵の場合、若く美しい女性の姿をしている。けれども、ときに老女の姿をした雪女もいる1)。特に雪の夜や吹雪のときなどに現れるが、出現する日が決まっている地方もある2)。
身体は氷よりも冷たいと言われ、近づくと精を奪われて凍死してしまうという。新潟県の雪女は人を凍死させる。南魚沼の山村では、吹雪の翌日に凍死した死体が発見されると「雪女にやられた」と言うそうだ。このような雪女のイメージが一般的に知られているものかもしれない。
1) 雪ん婆(秋田県)、雪ばんば(宮城県)、雪おんば(長野県)、雪婆(愛媛県)、雪ばじょ(宮崎県,鹿児島県)などは老女の姿をした雪女。雪女は必ずしも若く美しいというわけではない。
2) 小正月の夜や冬の満月の夜に現れる(岩手県遠野市)とか、元旦に現れて年のはじめの卯の日に帰る(青森県西津軽郡)という雪女もいる。
■ 小泉八雲の『怪談』にみる「雪女」
小泉八雲、本名パトリック・ラフカディオ・ハーン(Patrick Lafcadio Hearn)の書いた「雪女」を紹介しよう。彼は妻の節子の話す日本各地の昔話を下地に、独自の解釈を加えてさまざまな伝奇物語を書いた。「雪女」もそのひとつだ。彼の描く雪女は残忍さと優しさという二面性を合わせ持った非常に魅力的な妖怪として描かれている。
2人のきこり、茂作(もさく)と箕吉(みのきち)は暴風雨にあって途中、渡船場の小屋で一夜を明かすことになる。雨は吹雪に変わり、その夜、彼らの前に雪女が現われる。年老いた茂作は雪女の吐息で殺されてしまう。けれども、若い箕吉を見た雪女は彼に一目惚れしてしまい、殺せなくなってしまった。そこで、雪女は、ここであった出来事は誰にも言わないという約束で彼の命を助けることにする。翌年、箕吉の前にお雪と名乗る女性が現われ、2人は結婚し、10人の子供をもうけて幸せに暮らす。子供たちは母親に似て揃いも揃って美男美女、肌が白く美しかった。お雪もいつまでも若くて美しい。あるとき、お雪の横顔を見ていた箕吉は、ついあの晩の出来事を語ってしまう。お雪があまりにもあのときの雪女に似ていたからだ。その途端、お雪の表情は険しくなり、言わないでと言ったのに、とその正体を現す。お雪は雪女だったのだ。けれども、10人の子供がいる箕吉。雪女は、箕吉に父親としての役割を果たすように言うと箕吉の命をとらず、そのまますぅっと消えた。
■ さまざまな雪女
岩手県や宮城県の雪女は、出会うと精を抜かれるという。特に宮城県の雪女の場合、雪女と言葉を交わしたり、顔を見られると食い殺され、微笑みかけられると催眠術にかかったように雪女について行って明け方には腑抜けになって帰ってくるという。また、雪女と身体の関係を持つと精を失うともいう。
磐城国(福島県)の雪女(雪女郎)は顔がのっぺりしていて、目鼻立ちがはっきりしないという。雪のある崖道で旅人などに声をかけるが、返事をせずに背を向けると谷底へと突き落とされるという。これは女性が誤って谷に落ちて、霊が雪に閉じ込められてしまったためと説明される。
新潟県の雪女は特に子供をさらって生き肝をとるという。秋田県の雪女(雪ん婆)は雪の夜に子供が一人で出歩いているとさらっていく。これらは、おそらく雪の日に子供を外に出さないようにする存在と考えられる。雪国における「子供部屋のボギー」のようなものだろう。
雪女は冷たい場所でしか生きられないようだ。勧められて風呂に入った雪女が湯の中で溶けてしまったという話も伝わっている。
■ 赤ん坊を連れた雪女
雪女が赤ん坊を連れていることもある。秋田県では雪の降り積もる夜道に雪女が赤ん坊を連れて現れ、抱いてくれるように近づいてくるという。もし赤ん坊を抱いてやろうものなら、次第に重くなって、雪に沈んで逃れられなくなる。この赤ん坊は「雪ん子」と呼ばれていて、その正体は雪の塊なのだという。会津地方にも同様の話が伝わっていて、やはり赤ん坊を抱くと雪をかぶせられるという。青森県津軽の雪女郎も赤ん坊を抱いてくれと現れるといい、この申し出に応じようものなら、赤ん坊は天に届くほど大きくなる。だんだん重さに耐え切れなくなって殺される。この重さに耐え切ると怪力を授けられるという。このような雪女の性質は、産女(うぶめ)という妖怪とほとんど同じだ。
弘前で、ある武士がこのような雪女郎に出会ったという。この武士は短刀を口にくわえて赤ん坊の頭すれすれのところに刃がくるようにして赤ん坊を抱いた。頭の上に刃があるため、赤ん坊は大きくなれなかった。そして無事に赤ん坊を雪女に返したという。雪女は赤ん坊を抱いてくれたことに感謝して宝物をくれたという。また、この重さに耐え切った武士には、その強さを褒め称えて名刀を授けてくれたともいう。
■ 一本足の雪女?
雪女の中には一本足のものもいる。長野県の諏訪地方にはシッケンケンと呼ばれる雪女がいるが、このシッケンケンは一本足なのだという。秋田県の雪ん婆も雪の上に一本足の足跡を残すという。
和歌山県には雪ん坊というのがいる。これは腰から下に白い布をまとった裸の童子の妖怪で、雪女とは少し異なるが、一本足だ。和歌山県は雪女伝承が伝わる地としては珍しく雪の少ない地域で、珍しく雪の降った翌朝には木の下に円形のくぼみがポツポツと残っているという。これは雪ん坊という一本足の妖怪がぴょんぴょんと飛び歩いてつけた足跡なのだという。
■ 紅雪と雪女
雪は一般的には白いものだが、大気中の浮遊物を含んで変色することがある。黄砂が混ざって赤い雪が降ることもあるらしく、紅雪と呼ばれ、日本でもこのような雪の記録が残されている。
甲斐国(山梨県)の古い伝説によれば、雪女は山姥の垂れた乳と経血を嘲笑ったために神の怒りに触れたという。そこで、罰として紅雪の降る日まで処女でいなければならなくなった。紅雪が降ると雪女は子供を産み、晴天の日に消え失せるという。
■ 月と雪女
岩手県遠野市の雪女は満月の夜に現れるというが、月と強く結びつけられた雪女の伝承もある。山形県の雪女(雪女郎)は月世界のお姫さまなのだという。天上世界に退屈して雪と一緒に降りてきたという。雪と月、確かに幻想的ではある。
《参考文献》
- 『日本妖怪大事典』(画:水木しげる,編著:村上健司,角川書店,2005年)
- 『Truth In Fantasy 事典シリーズ 2 幻想動物事典』(著:草野巧,画:シブヤユウジ,新紀元社,1997年)
- 『Truth In Fantasy 9 幻想世界の住人たちⅣ <日本編>』(著:多田克己,新紀元社,1990年)