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イエティ

[未確認動物(UMA)]
 yeti(イエティ)【英語】
〔シェルパ族のyah《岩》+teh《動物》に由来?〕

ヒマラヤに棲む獣人UMA。ネッシーと並ぶUMAの代表格。頭のてっぺんが尖った二足歩行の霊長類。目撃情報も多くあり、足跡も発見されるなど、話題になった。

ヒマラヤの雪男

イエティはネッシーやビッグフットに並ぶUMA界の代表格だ。ヒマラヤ山脈に棲んでいるとされる獣人UMAで、目撃情報もたくさんあり、UMA研究家の間では実在が有力視されている。日本では「ヒマラヤの雪男」と呼ばれることもある。ヒマラヤ山脈はブータン、ネパール、インド、中国など多数の国にまたがる広大な山だ。したがって地域によって呼び名はさまざまで、メテ(Meh-Teh)とかテルマー(Teh-lma)などとさまざまな名前で呼ばれることもある。イエティというのはシェルパ族の言葉で《岩の獣》を意味し、ヒマラヤに棲む獣人のもっとも一般的な呼び名になっている。

ネパール人の語る怪物「ラークシャサ」

イエティが最初に紹介されたのは1832年とされている。ホジソン(B. H. Hodgson)がネパール北部で登山をした際に、現地ガイドから聞いた怪物の話を、イギリスの雑誌「Journal of the Asiatic society of Bengal(ジャーナル・オブ・アジアティック・ソサエティ・オブ・ベンガル)」に寄稿したのだ。ここでは怪物はイエティではなくラークシャサと呼ばれている。インド神話のラークシャサ(रा॑क्षस)に由来するものと思われる。ホジソン自身はオランウータンの誤認だろうと結論づけている。

次第にイエティの存在が注目され……

1889年にはインドのシッキム州北東部、およそ標高5200メートルの地点で巨大な足跡が発見されており、イギリスのワッテール(L.A. Waddell)大佐の『ヒマラヤの山中にて(Among the Himalayas)』によって紹介された。一般には、これがイエティの最初の記録ということになっている。当のワッテールはイエティの存在を信じていたわけではないようで、足跡はヒグマのものだろうとしている。

現地人の間ではさまざまな形で語り継がれていたイエティだが、ヨーロッパ人による目撃情報としてのもっとも古いものは1921年に遡る。ハワード・ベリー(Howard-Bury)らがエベレスト登山中にイエティを目撃している。1925年には写真家のトンバジー(N.A. Tombazi)がイエティを目撃している。トンバジーは王立地理協会のメンバーだったこともあって、当時は随分と話題になったようだ。

チェルネスキーの描いたイエティの想像図
イラスト:チェルネスキーの描いたイエティの想像図

1942年には、イギリスのクイーン・メアリ大学のウラディミール・チェルネスキー(Wladimir Tschernezky)博士がイエティの想像図を描いている。この図は1941年にスラヴォミール・ラウィッツ(Slavomir Rawicz)ら4人のポーランド人が目撃したという証言をもとに描かれたもので、二足歩行をするゴリラのような怪物として描かれている。頭頂部がやや尖っているのが特徴だ。

イエティ、世界を席巻する!

しかし、何よりも話題になったのは1951年11月の登山家エリック・シプトン(Eric Shipton)による足跡の発見だ。このエベレスト北面登山ルート、メンルン氷河上にて発見された足跡はおよそ30センチほどで、裸足で二足歩行をしているものだった。この発見でイエティは一躍世界の注目を集めるようになる。

イエティの情報が続々と……

その後も多数の目撃情報や発見が相次いだ。1953年にはエドマンド・ヒラリー(Edmund Hillary)らがエベレストにてイエティの足跡を発見。1970年にもアンナプルナ南壁で登山家ドン・ウィリアムス(Don Whillans)が足跡を発見するなど、イエティに関する調査が進んでいく。1975年には、日本人がイエティを目撃している。冒険家の鈴木紀夫だ。彼は1974年にルバング島で小野田少尉を発見したことで知られる冒険家だが、標高3500メートルほどのコーナボン・コーラという地点で、何と5頭のイエティを目撃したというのだ。日本のイエティ研究の第一人者の高橋好輝も標高4750メートルのところで18センチほどの足跡を発見している。

イエティ、遂に撮影される?

1986年、アンソニー・ウールドリッジ(Anthony B. Wooldridge)によって遂にイエティがカメラに収められた。これは後に岩の誤認だという結論が出されたが、当時は随分、話題になったことだろう。

アンソニー・ウールドリッジ撮影のイエティ
写真:アンソニー・ウールドリッジ撮影のイエティ

そして1998年3月、遂にイエティの姿がビデオカメラに収められた。ロシアの国境警備隊員3人が休暇中に偶然、イエティの姿を目撃し、カメラで収めたのだ。イエティはゆっくりと雪の上を歩き、一度転んだものの、起き上がって再び歩き始めた。

イエティの存在を示すさまざまな証拠?

2003年、シベリアのアルタイ山脈およそ3500メートル地点の永久凍土の中から、イエティのものとされる足の一部が発見された。人間の足によく似た形状で、足の裏には毛が生えていたという。

実は、このようなイエティに関わる証拠はたくさん残されている。ヒマラヤの村落ポンボチェの寺院には「イエティの頭皮」が祀られていた。1954年にイギリスの探検隊によって報告されたもので、類人猿、あるいはヒトに近い霊長類のものである可能性が高いとされている。この頭皮についてはヒグマやカモシカのような動物からつくった加工品ではないかとする人もいて、議論が続けられている。チベットのボンゴマチェの寺院には「イエティの手」といわれる骨も伝わっている。人間の手よりやや小さい骨で、イエティの子供のものではないかとして話題になった。

イエティはヒグマなのか、それとも新たな類人猿?

さまざまな目撃情報などから、イエティは3種類いると目されている。身長4.5メートルの大型種、2.4メートルの中型種、1.5~2メートルの小型種だが、これらが別の種類のものなのか、あるいは個体差なのかはよく分かっていない。4.5メートルというのは少し大きい気もするし、話というのはとかく大きくなりがちなので、1.5~2.4ぐらいが妥当なサイズなのだと思う。最近では、実在が有力視されているのはめっきり小型種であって、高橋好輝氏も1.5ぐらいのイエティを想定して調査を進めている。

イエティは全身が毛深く、頭の先が尖っているのが特徴で、体毛は赤褐色、あるいは暗褐色だという。直立二足歩行で性格は比較的温和だというが、大型種は獰猛だという話もある。口笛に似た甲高い声を発するとも言われている。

イエティの正体については、イエティ=ヒグマ説が根強い。シェルパ族にヒグマの写真を見せたら「イエティ=ヒグマ」と認めたという話もある。そのほか、サルを見間違えたのだろうとか、甲高い声はユキヒョウのものではないかなど、さまざまに言われている。けれども、未だにUMA研究家の間では、新たな類人猿の可能性を支持する声が強い。

《参考文献》