野狗子(イエゴウズー)

[中国の妖怪]
 野狗子〔yĕ-gŏu-zĭ〕(イエゴウズー)【中国語】

『聊斎志異』に登場する妖怪。人間の身体に獣の頭を持った怪物で、戦場や墓場などで死体の頭蓋骨を破って脳みそを喰らう。

戦場で脳みそを喰らう不気味な怪物!

野狗子(イエゴウズー)は17世紀中国で蒲松齢が書いた怪奇小説集『聊斎志異』に登場する妖怪。その名も「野狗子」という短編に登場する。日本では野狗子(ヤクシ)として知られている。人間の身体に獣のような頭を持った妖怪で、死体の頭蓋骨を破って脳みそを喰らうという。篠田耕一は「中国のグールのような存在」と説明している。「野狗(イェゴウ)」というのは《野良犬》という意味なので、獣の頭は犬のような姿だったのかもしれない。餌食を漁るために死体が残された戦場や死体が埋葬された墓場に出没するという。けれども、必ずしも脳みそは死人のものである必要はなく、生きた人間のものでも食べられるという。

1661年(順治18年)、山東省栖霞で于七という人物が農民たちを率いて清朝に反乱を起こした。清の軍隊はこの反乱分子を徹底的に弾圧したため、非常に多くの人が殺されたという。反乱軍の本拠地から逃れてきた李化竜は、夜間に大軍が行進するのに出会う。とっさに死体の中に倒れこんで死体の振りをして軍隊が通り過ぎるのを持った。ところが軍隊が通り過ぎると、今度は頭のない死体や腕のない死体などが立ち上がり始めた。首を斬られたものの、まだ首と身体がくっついたままの死体が「野狗子が来た!」と騒ぎ出す。ほかの死体たちも「野狗子が来た!」と騒ぎ立てた。李がびっくりして逃げようとすると、今度は人間の身体、獣の頭を持った怪物が出現し、死体の頭にかじりつくと、そこから脳みそをずるずると啜り始めた。李は恐ろしくなって頭を死体の下に隠したが、野狗子は次々と死体の脳みそを啜り、ついに李の頭をも齧ろうとする。そこで李は落ちていた石を握り締め、力任せに怪物の顔を殴った。この一撃は怪物の口の辺りに命中し、怪物はふくろうのような悲鳴をあげてそのまんま逃げていった。こうして李は何とか難を逃れることができたという不思議な物語。怪物が流した血溜まりの中には、先端が尖って反り返った15センチあまりの歯が残されていたという。

中国の脳みそを喰らう怪物たち!

人間の脳みそを啜る怪物というのは世界的にはあまり例がないが、中国には意外と多かったりする。たとえば干寶の『搜神記』には媼(アオ)という妖怪が登場する。これは羊や猪などの獣に似た姿をした妖怪で、地中に棲んでいて、人が埋葬されると地中を移動してやってきてはその死体の脳みそを喰らう。また、袁枚の『子不語』には山和尚(シャンホーシャン)という妖怪が登場する。これも人の脳みそを喰らう妖怪。普段は山に棲み、洪水が起こると人里へさまよい出る。身体が黒く、頭に毛がなく、水中を移動するので、まるで黒い袈裟をまとった僧侶のように見える。そこから山和尚と呼ばれるようになった。凶悪な妖怪で、ひとりでいる人間や病弱な人間をあざむいて誘い出すと、頭にかぶりついて脳みそを啜るという。

《参考文献》