ワイト

[イギリス伝承][指輪物語]
 Wight(ワイト),Wiht(ウィヒト)【英語】

ワイト、古い時代にはウィヒト。超自然的な存在を表す語。現在ではトールキンが『指輪物語』の中で描いた塚人(バロウ・ワイト)のことを指してワイトと呼ぶことが多い。

邪悪な精霊ウィヒト

ワイトは現在ではアンデッド・モンスターの仲間に分類されるが、これは『指輪物語』に登場するバロウ・ワイトのイメージによるものである。もともとのワイトは英語のbeing(ビーイング)と同じような単語で、《存在するもの》とか《生き物》などを意味するゲルマン系の言葉で、古い時代にはウィヒト(Wiht)と呼ばれた。やがてこの語が超自然的な生き物を指すようになり、妖精や精霊一般を意味する言葉になった。キャサリン・ブリッグズ女史は「ワイト」という言葉の使われ方をさまざまな文献の中から抽出して分析を行なっている。9~10世紀頃に用いられたウンセーレ・ウィヒト(Unsele Wiht)は「気味の悪い生き物」を意味しており、14世紀にはチョーサーも『カンタベリー物語』「粉屋の話」の中でワイトを「危険な妖精」を指す言葉として用いている。ロバート・カークも次々と押し寄せる恐ろしい妖精たちを「ワイトの群れ」に喩えている。キャロル・ローズは「邪悪な精霊」の意味に用いられていた、と若干、限定的に説明しているが、しかし、ブリッグズ女史が収集してくれたように、19世紀のロバート・チェインバーズなんかは、妖精たち自らに「シーリー・ウィヒト(Seelie Wiht)」という言葉を使わせていて、これは必ずしも「邪悪な精霊」を意味しない。

死体にとり憑いてふらふら歩くバロウ・ワイト

近年では、ワイトといえばJ.R.R.トールキンの『指輪物語』に登場するバロウ・ワイト(Barrow Wight)のことを指している。日本語版で瀬田貞二と田中明子が「塚人(ツカビト)」と訳しているもののことだが、彼らは古墳に安置されている王さまや王妃さまの死体に邪悪な霊が乗り移ったもの。ミイラ化した死体は悪霊によって復活し、古墳の中を歩き回るが、そのたびに装飾品である金属や宝石がジャラジャラと音を立てるから不気味である。旅人がやって来ると古墳の中に引き込み、呪いの言葉で殺そうとする。作中、フロド・バギンズは死体の回りに緑色の光のようなものを見ているから、おそらくはこの悪霊の正体はその光のようなものなのだろう。バロウ・ワイトは太陽光には弱いようで、トム・ボンバディルが古墳の壁を破って出現したときに、慌てて古墳の奥深くへと逃げていった。

《参考文献》