鼉(トゥオ)
[中国の妖怪]
鼉(鼍)〔tuó〕(トゥオ)【中国語】
河や湖に棲む巨大なワニの化け物。中国では狸や狐のように、ワニも化けて出るらしい。人間に化けて悪さをする。『西遊記』では西海龍王の甥として黒水河で悪さをしていた。
■ 化け物ワニ、人を化かす!!
鼉(トゥオ)は日本では鼉(だ)として知られていて、豬婆龍(猪婆龍)、あるいは揚子鰐とも呼ばれるが、特別、化け物を表す単語というわけではない。もともと、鼉は中国語の《ワニ》、特に「ヨウスコウワニ」を指す単語である。日本ではよく狸や狐、あるいは猫なんかが人間を化かすことがある。どうやら、中国ではワニもその類いとされたようで、鼉は、しばしば人間に化けて悪さをしていたらしい。『幽明録』には、この鼉が人間に化けて悪さをした話が載っている。
晉陵民蔡興忽得狂疾,歌吟不恒。常空中與數人言笑,或云:“當再取誰女?” 復一人云:“家已多。”後夜,忽聞十餘人將物入里人劉餘之家,餘之拔刀出後戶, 見一人黑色,大罵曰:“我湖長來詣汝,而欲殺我?”即喚“群伴何不助餘邪?” 餘之即奮刀亂砍,得一大鼉及狸。
劉義慶『幽明录』
晋陵(江蘇省常州市)の劉余之の家を、ある一団が襲った。この一団、実は鼉と狸が化けたものだったという話だ。あるとき、劉余之の家に十数人の一団が娘をさらいにやってきた。劉余之は刀を抜いて彼らに立ちふさがる。するとリーダー格の黒い男が「俺は湖の主だぞ!」と言って仲間をけしかけて襲い掛かってきたというのだ。そこで彼はこの一団と必死に戦って撃退する。後には鼉と狸の死体が残っていたという。1)。
1) 『幽明録』では6メートル以上もある巨大なワニの姿をした怪物で、河や湖の主のような存在だったというが、実際のヨウスコウワニは長さ2メートルほどの小型のワニである。
■ 西海龍王の甥っ子、三蔵法師をさらう!
この怪物の鼉、実は『西遊記』にも登場している。第四十三回「黑河妖孽擒僧去 西洋龍子捉鼉回(黒水河の妖怪が僧侶を連れ去り、西海龍王の子が鼉を捕まえて帰る)」の話の中で、三蔵法師は黒水河の化け物である鼉にさらわれる。
あるとき、天竺を目指す三蔵一行は黒水河にぶつかる。ごうごうと音を立てて流れる河だ。すると船頭が小船に乗ってやってくるではないか。全員は乗れそうにない。そこでまず、猪八戒と三蔵法師が小船に乗り込んで対岸を目指すことにした。河の半ばまで差し掛かったとき、船はあっという間に波間に呑み込まれてしまった。実はこの船頭、鼉が化けたもので、修行を積んだ坊主を食べて不老長寿を得ようとしていたのだ。三蔵法師はまさに格好の標的だったわけだ。沙悟浄が慌てて河に飛び込んで追いかけると、鼉は水中にある衝陽峪黒水河神府という屋敷で宴会の準備をしていた。沙悟浄が彼に戦いを挑むがなかなか決着がつかない。そこで沙悟浄は化け物を水面に誘い出そうとする。孫悟空に加勢してもらえば勝てると考えたわけだ。ところがこの化け物、屋敷を離れるとまた水中に戻って宴会の準備を始めてしまう。さすがの孫悟空も、相手が水中にいては手が出せない。川岸で二人が頭を抱えていると、そこに黒水河の河神が現れた。どうやらこの化け物、西海龍王の妹の9番目の息子で、最近、この黒水河にやってきて、河神の屋敷を奪って、ここいらの水軍を蹴散らし、やりたい放題に暴れまわっているのだというのだ。西海龍王の甥と聞いた孫悟空は直接、西海龍王に訴え出ることにする。何も事情を知らなかった西海龍王はびっくり仰天、慌てて息子の摩昴太子を派遣し、鼉を連れ戻すのである。こうして無事、三蔵法師は救出されたというわけだ。
(本来の「鼉」はただのヨウスコウワニのことなので、特に化け物扱いしてファンタジィ事典に掲載するものではないのかもしれないけれど、ここでは化け物ワニということで事典に加えてみた)
《参考文献》
- 『Truth In Fantasy 事典シリーズ 2 幻想動物事典』(著:草野巧,画:シブヤユウジ,新紀元社,1997年)
- 『Truth In Fantasy 7 幻想世界の住人たちⅢ<中国編>』(著:篠田耕一,新紀元社,1989年)
- 『幽明录』(著:劉義慶):online text
- 『西遊記』(著:吳承恩):online text(之乎书坊より)