ローン

[スコットランドの妖精]
 Roane(ローン)

スコットランドのハイランド地方でいうアザラシ族。陸上では人間の格好をしているが、海の中を泳ぐときにはアザラシの皮を身にまとう。非常に温厚な種族でアザラシ漁をする漁師に対しても親切に振舞う。水の中の洞窟に暮らす。

アザラシの皮を着た妖精族

ローンはスコットランドの海に棲むアザラシ族のこと。roane(ローン)という言葉がそもそもゲール語で《アザラシ》を意味している。ハイランド地方の人々はアザラシのことを動物ではなく妖精だと考えていたようだ。ローンたちは海の中を泳ぐときにだけアザラシの皮を着ているのであって、陸に上がるときには皮を脱いで人間と変わらない姿になる生活するというのだ。彼らは真夏の白夜に岸辺でダンスを踊ったりする。同じスコットランドでもオークニー諸島やシェトランド諸島ではセルキーと呼ばれる。あるいは海のトローなどと呼ばれることもある。

ローンは非常に優しい妖精だ。キャサリン・ブリッグズ女史は「妖精界の住人の中でもっとも気立てがよい」と評価している。彼らは基本的には人間に危害を加えようとしない。漁師たちが彼らを捕獲したり殺したりするような場合でも、決して復讐しようとせずに、ただ仲間を傷つけないように頼みに来るだけだ。

これには以下のような話が残されているという。

ピーター・ルーア、アザラシ族の洞窟へ

それはピーター・ルーアというアザラシ漁師が体験した話だ。彼はスコットランド北部のジョン・オ・グローツ岬の近くに住んでいた。非常に腕のよい熟練したアザラシ漁師だった。ある晩、大きなアザラシを仕留め損なって逃がしてしまった。おまけにお気に入りの折りたたみナイフはそのアザラシの腰のあたりに刺したまんま。その日、ピーターが家まで帰ってくると見知らぬ人が立派な馬にまたがって待っていて声をかけてくる。彼は「友人があなたにアザラシの皮を注文したいというからついてきてくれ」と馬に乗るように言う。そこでピーター・ルーアは馬の背に乗った。馬は風のような速さで走り出すと、そのまま海に向かい、崖の淵までやってくる。「ここで降ります」といって彼はピーターを掴むと一気に崖から飛び降りて海の中へザブンと潜った。すると水中の岩に扉があって、その中に連れて行かれる。そこにはアザラシ族が暮らしていた。そして道案内をしてきた男もアザラシの姿になっていて、気がつくとピーター・ルーアの身体もアザラシの姿になっている。「ああ、自分はアザラシたちに復讐されるのだ」とピーター・ルーアは恐ろしくなる。その上、道案内をしてきたアザラシは「これはあなたのナイフですか?」と無くしたはずのあの折りたたみナイフを取り出す。ピーターはそのまんま膝をついて許しを乞うた。けれどもアザラシは「怖がらなくて大丈夫」といって洞窟の奥に案内し、「父がひどい痛みのために死にかけています。傷が治るように祈りながらナイフで傷のまわりをなでてください」と頼んできた。スコットランドでは深い傷は、その傷をつくった武器で叩けば治ると信じられていたのだ。洞窟の奥では年老いた大きなアザラシが横になって苦しんでいた。ピーター・ルーアは言われた通りにナイフで傷口のまわりをなでると、年老いたアザラシは元通りになって起き上がった。道案内のアザラシは「馬が崖の上で待っています。ただアザラシを殺したり傷つけたりしないと誓いを立ててください」と約束させると、再びピーターを崖の頂上まで連れて行った。ローンが息を吹きかけると、ようやくピーターも人間の姿に戻った。ローンはピーターに金のいっぱい詰まった袋を渡した。それはピーター・ルーアがこれからアザラシの皮で稼ぐのをやめて損をするだろうと思われる金額の前払いだった。

アザラシの羽衣伝承

羽衣伝承のような話も残されていて、ローンの乙女が陸にあがってきたときにアザラシの皮を奪い取り、妻にした男の話もある。結局、羽衣伝承と同様にアザラシの皮が発見され、取り返されてローンは海に帰っていってしまう。この話から読み取れるのは、彼らはアザラシの皮をなくしてしまうと海の中を泳いでいけなくなるということだ。アイルランドの人魚であるメロウもコホリン・ドリューという赤い帽子をかぶらないと海の中を泳げない。似たようなものだろうか。北ユーイスト島のマック・コドゥム(MacCodrum)の一族はアザラシ族の子孫だという。

《参考文献》