マーザ・ドゥー

[妖精]
 Moddey Doo,Moddey Dhoo(マーザ・ドゥー) 《黒い犬》 【マン島語】
 Mauthe Doog(モーザ・ドゥーグ) 【マン島語】

マン島の黒妖犬(black dog)。毛むくじゃらの黒い犬で目がらんらんと光っている。ピール城に現れたものが有名。兵士を恐怖に陥れた。死の前触れとして出現することもある一方で、人々を守護してくれる場合もある。正体は牢に繋がれていた者の亡霊とか、悪魔の化身だとか言われる。

ピール城に出現した恐怖の黒妖犬

イギリス各地に黒妖犬の伝説が伝わっているが、マーザ・ドゥーはマン島に伝わる黒妖犬である。マン島語で《黒い犬》。マン島の黒妖犬の話でもっとも有名なのはピール城に現れたものだ。ウォルター・スコットが「モーザ・ドゥーグ」として紹介してその名前が広まった。17世紀、この古城に軍隊が駐屯していた頃、いつも番兵詰め所に1匹の大きな毛むくじゃらの黒犬が音も立てずに侵入し、寝そべっていたという。どこの犬でどうやって入ってきたのか誰も知らなかったが、不思議な犬だったために誰も話しかけなかった。けれどもある日、1人の男が酔っ払った勢いで仲間の制止を振り切って犬をからかってしまった。いつもは2人で司令官室に鍵を返しに行く決まりになっていたが、彼は鍵束を掴むと1人で部屋を飛び出した。黒犬は立ち上がって彼の後を追った。じきに耳をつんざく悲鳴が古城に響いた。彼は真っ青な顔で震えながら戻ってきたが、恐怖で声をなくし、三日後には死んでしまった。それ以来、黒犬は二度と姿を見せなかったという。

ウォルター・ギルがマーザ・ドゥーの話を2つ紹介している。1つは1927年にマン島北東岸の町ラムジー近くのミルンタウンで起こった話である。ギルの友人が燃えるような目を持った長い毛がぼさぼさの黒い犬と出会ったという。彼は恐ろしさにすれ違うのをためらった。お互いにじっと見合っていたが、やがて黒犬が脇に退いて彼を通してくれた。それからまもなく父親が亡くなったという。黒犬は死の前兆だったのである。1931年には、医者が同じ場所で黒犬と遭遇しているという。お産の立会いに行く途中だったが、2時間後に帰るときにも犬はそこにいたという。黒犬はらんらんと光る目で睨んでいて、子牛くらいの大きさがあったようだ。

ウォルター・ギルはほかにもマン島西岸の港町ピールの黒犬を紹介しているが、これは人々を守護する黒妖犬で、船乗りたちを死から救ったという。夜の漁に出るため、乗組員は漁船をピール港に停泊させて船長が来るのを待っていた。一晩中待ったが船長はやってこなかった。その日の早朝、突然疾風が襲ってきた。もし船が出港していたら、疾風に巻き込まれて間違いなく難破していただろう。そこに船長がやってきて、夕べ船に向かう途中に大きな黒犬に道を塞がれて何度も道を変えたが、どの道に出ても行く手にその犬が立っていて引き返すしかなかったと語った。このような人々を守護する黒妖犬の話はイギリス各地で聞くことができる。

黒妖犬は本当は犬なんかではなく、牢に繋がれていた者の亡霊だという説がある。一説には、ピール城で獄死したグロスター公爵夫人エリナー・コバムの亡霊であると囁かれている。多くの黒妖犬がそのように言われていて、ニューゲイトに出没した黒妖犬はロンドンのニューゲイト刑務所に投獄されて絞首刑になった悪名高き追いはぎのルーク・ハットンの亡霊とされた。また、黒犬は悪魔の化身だと言う人もいる。

参考:
⇒ 黒妖犬(ブラッグ・ドッグ)

《参考文献》

  • 『妖精事典』(編著:キャサリン・ブリッグズ,訳:平野敬一/井村君江/三宅忠明/吉田新一,冨山房,1992年〔1976年〕)