ミーノータウロス

[ギリシア・ローマ神話]
 Μινώταυρος《ミーノースの雄ウシ》【古典ギリシア語】
 Minotaurus【ラテン語】、Minotaur【英語】

おどろおどろしいミーノータウロスの出生?!

ミーノータウロスはギリシア・ローマ神話に登場する牛頭人身の怪物。ミーノータウロスというのはギリシア語で《ミーノースの雄ウシ》という意味で、本名はアステリオスという。あるとき、クレータ島を統治していたアステリオス王が死に、後継者問題が勃発した。有力者だったミーノースも名乗りをあげたが、島の市民たちの賛同を得られない。そこでミーノースは海神ポセイドーンに自分が王となるべき証を授けるように祈った。ポセイドーンはその祈りを聞き届け、ミーノースが王となる証として海から美しい雄ウシを出現させ、その見返りとして、その雄ウシを自分への生け贄に奉げるように要求した。ところがミーノースは海から出現した雄ウシがあまりに立派だったので気に入ってしまい、ポセイドーンの要求に従わず、こっそり別のウシを生け贄に奉げた。この仕打ちにポセイドーンは怒り、ミーノース王の妻パーシパエーがその雄ウシに欲情するように呪いをかけた。パーシパエーは苦悩したが、工匠ダイダロスに頼み、木製の雌ウシの模型をつくってもらい、その中に入って雄ウシと交わった。こうしてパーシパエーと雄ウシとの間に子供が生まれた。ところがこの息子、牛頭人身の怪物で、しかも人喰いの悪癖を持っていたのであった。

迷宮ラビュリントスとミーノータウロス

ミーノース王は妻の情事を隠すため、工匠ダイダロスに、一度入ったら二度と出てこられない迷宮ラビュリントスを造らせ、息子をそこに閉じ込めた。そしてアテーナイから貢ぎ物として少年少女たちを連れてきては息子に与えていた1)。あちこち旅してアテーナイに戻ってきたアテーナイの王子テーセウスは、この事実を知ると自ら貢ぎ物に混ざってクレータ島へやってきた。ミーノース王の娘のアリアドネーはテーセウスに一目惚れし、迷宮ラビュリントスの攻略法を伝授する2)。入り口に糸を縛りつけておき、糸を伸ばして迷宮に入り、そして帰るときにはその糸を手繰っていけば無事に迷宮から脱出できると教えたのである。こうしてテーセウスはミーノータウロスを退治し、無事に迷宮から脱出したのである。

1) ミーノース王の息子アンドロゲオースが競技会であるパンアテーナイア祭で優勝したときに、アテーナイ人の妬みを買って殺されるという事件が起った。このため、怒ったミーノース王は兵を率いてアテーナイを攻め、アテーナイはこれに降伏した。その賠償として七人の少年少女を貢ぎ物として送ることが決められたのである。

2) アリアドネーに迷宮の攻略法を教えたのはダイダロスである。ミーノータウロスの神話にはしばしば工匠ダイダロスが登場する。彼はアテーナイで活躍したが、弟子のタロースがノコギリを発明すると、その才能を恐れて殺してしまった。アテーナイを追放された彼はクレータ島に逃げてきて、ミーノースの庇護のもとで活動を再開する。おそらく彼はパーシパエーに取り入り(木製の雌ウシの模型をつくった)、ミーノースに取り入り(迷宮ラビュリントスを造った)、そしてアリアドネーに取り入って(迷宮の攻略法を教えた)、ミーノース王の下でうまく立ち回ろうとしたのである。

斧を携え、武装したミーノータウロス

古代ギリシア人が描いた壷絵やコインなどでは、ミーノータウロスは基本的には裸である。牛頭人身というだけあって首から下は体格のいい男性の姿をしているが、多くの図像にはウシの尻尾が描かれている。近年のファンタジィ小説やゲームなどでは、ミーノータウロスは斧を携え、鎧を身にまとい、鎖をじゃらじゃらとぶら下げた怪物として描かれることが多い。また、古代ギリシアの神話では身体は人間のものとなっているのに対して、近年では二足歩行をするウシのように、脚は蹄のあるものが描かれることが多いようだ。

ちなみにクレータ島には神話に登場する迷宮ラビュリントスを体現したかのような複雑な宮殿がある。クノーッソス宮殿である。ギリシア・ローマ神話でミーノータウロス伝承の舞台となっているのは、まさにこのクノーッソスである。クノーッソス宮殿には両刃の斧をあしらったデザインが随所にあるという。というのも、この宮殿はもともと生け贄のウシを屠殺する場所だったと考えられている。そのため、ウシを屠るための斧が宮殿のモティーフになっているのだろう。そもそも迷宮ラビュリントス(Λαβύρινθος)という言葉は《両刃の斧》を意味するギリシア先住民族のLabrysに由来するとされている。ラビュリントスはまさに「両刃の斧の宮殿」だったのである。迷宮に閉じ込められていたミーノータウロスが、迷宮を離れ、「斧」を携えて現代のファンタジィ小説やゲームで暴れまわっているのは、果たして単なる偶然なのだろうか。

おまけ:ミーノータウロス神話、新たな謎?!

先史時代のクレータ島の遺跡からは、牡牛崇拝が盛んだったことが分かっている。闘牛が盛んに行われていたことも分かっている。実際、クレータ島の主神は聖牛の姿をとって出現し、クレータの王も牛の頭の「かぶりもの」をかぶって祭儀に臨んでいたという。ミノア文明のことは実際にはよくわかっていない。一見、ぎょっとするような、雄ウシと交わって子供を産むパーシパエーの神話も、聖牛の姿をとった「神」と交わる「女神」、そして祭司として神を模倣した「王」の関係を、何らか現代に伝えているものなのかもしれない。また、クレータ島には、若者が牛の角を飛び越えている曲芸の壁画が残されている。この曲芸が非常に危険なものだったことは想像に難くない。外国から雇った奴隷にやらせていた可能性もある。アテーナイから送られる少年少女の生け贄の神話に繋がった可能性もある。

ところが、この従来の考え方に反する物証も見つかっている。近年、「迷宮」と「雄ウシ」のモティーフを描いた図像がエジプトで発見された。これはヒクソスがエジプトを支配していた時代のものと考えられている。従来、クノーッソス宮殿を見たギリシア人が迷宮を連想したと考えられていたが、この発見はそれを否定している。すでにエジプトに住んでいたギリシア先住民族の祖先の儀式の中に、迷宮の概念が含まれていたことが示唆されている。また、ミノア文明の遺跡から、子供たちを食事として食べていた痕跡も発見されている。危険な曲芸をやらせるために奴隷を連れてきたという歴史がミーノータウロスの人喰いの神話に結びついたわけではないのかもしれない。今後の考古学の進展に期待しなければならない。

《参考文献》

  • 『Truth In Fantasy 事典シリーズ 2 幻想動物事典』(著:草野巧,画:シブヤユウジ,新紀元社,1997年)
  • 『図説 幻獣辞典』(著:幻獣ドットコム,イラスト:Tomoe,幻冬舎コミックス,2008年)
  • 『モンスター・コレクション 改訂版』(著:安田均/グループSNE,富士見ドラゴンブック,1996年)
  • 『モンスター・コレクション ファンタジーRPGの世界』(著:安田均/グループSNE,富士見ドラゴンブック,1986年)