ライカンスロープ/ワーウルフ

[その他]
 Lycanthrope(ライカンスロープ)《狼人間》
 Werewolf(ワーウルフ)《狼人間》
 狼男(オオカミオトコ),人狼(ジンロウ)

いわゆる狼男。人狼とも訳される。ヨーロッパの森林地帯に広く伝わっているもので、昼は普通に人間として暮らしているが、夜になるとオオカミに変身し、家畜や人間を襲う。人狼に襲われた人間も人狼になるとされる。後世、満月と結びつけられたり、銀の弾丸という弱点を与えられた。

月夜に変身する狼男

狼男といえば、満月の夜にオオカミに変身するモンスターで、ドラキュラ、ミイラ男、フランケンなどと並んで非常に有名である1)。この狼男を、ヨーロッパではライカンスロープ、あるいはワーウルフと呼ぶ。ライカンスロープ(lycanthrope)はギリシア語に由来していて、《オオカミ》を意味するλύκος(リュコス)と《人間》を意味するἄνθρωπος(アントローポス)からなる合成語である。同様にワーウルフ(werewolf)の方も、古ゲルマン語で《人間》を意味するwer(ヴェル)と《オオカミ》を意味するwolf(ヴォルフ)からなる合成語で、どちらも意味するところは《狼人間》である。日本では「人狼」などと訳されることもある。

人狼伝説は世界中に広まっているが、特にベラルーシや東欧、北欧などを中心にヨーロッパの森林地帯に伝わっている。彼らは普段は人間たちの中に混ざって、人間と同じように暮らしているが、夜になるとオオカミに変身する。完全にオオカミの姿になってしまうものと、二足歩行を保って身体中から毛がはえてくるものと2つのパターンの人狼がいるようだが、いずれの場合も理性は失われて凶暴になり、家畜や人間を襲う。月齢によって変身能力が左右されるとか、銀の弾丸以外では傷つけることができないといった伝承は、実は16世紀頃のヨーロッパでつくられたもので、それ以前の伝承では普通の武器でも傷を負わせることができたようである。

人狼伝説にはお決まりのストーリーがある。最初、オオカミの姿のときに傷を負わせるが取り逃がしてしまい、村に引き返してみると、さきほど人狼に負わせたのとまったく同じ場所に新しい傷ができている男がいて正体がばれてしまうというパターンだ。こうして人狼は退治されてしまう。

1) ドラキュラはブラム・ストーカーのホラー小説『吸血鬼ドラキュラ(Dracula)』に登場する吸血鬼。フランケンはメアリー・シェリーの小説『フランケンシュタイン(Frankenstein or The Modern Prometheus)』に登場する科学者。フランケンシュタインが造った怪物には名前がないが、この怪物がフランケンシュタインと勘違いされて広まった。ミイラ男はエジプトのミイラが動き出したという設定のものに創造されたモンスター。

噛まれた者もまた人狼

恐ろしいのは、ライカンスロープに噛まれて死んだ人間もライカンスロープになってしまうという伝承があるという点である。これはおそらくスラヴの吸血鬼伝承に由来するのであろう。スラヴではしばしば人狼と吸血鬼とは同一視されている。南スラヴの吸血鬼ヴコドラク(vukodlak)などは《オオカミの毛皮を着た者》という意味である。

實吉達郎は、人狼が感染するという伝承の起源は狂犬病にあるのではないかと指摘する。狂犬病は犬だけでなく、オオカミや人間にも感染する。これが人狼伝説に加えられていったのではないかというのである。

オオカミへの変身方法、人間への戻り方・戻し方

人狼になる方法はさまざまで、呪いや魔術で人狼になるというものがある。さきほど説明したように、人狼に噛まれて人狼になるという場合もある。けれども、運命で人狼になるというものもあって、たとえばスラヴでは7番目の子供が人狼になるとされたし、羊膜や赤痣、剛毛を持ってうまれた子供が人狼になるという伝承もある。人間の姿からオオカミに変身する方法としては、オオカミの毛皮をかぶるとか、膏薬を塗るとか、オオカミの帯を身につけるというものがある。古い時代は必ずしも月の光を浴びるというのが一般的な変身方法というわけではなかった。元に戻すには、名前を呼ぶとか、身体を3回転させるとか、熊手で眉間を打つとか、腐った丸太を潜らせるという方法があるようである。スウェーデンではよく煮立てたタールに白ユリを入れて浴びせかけると呪いが解けるという民話があるという。イギリスやフランスでは血を数滴流すという方法が採用されていたようである。

人狼はたとえ人間の姿をしていても、左右の眉毛が繋がっているとか、爪が長く鉤状であるとか、耳の先が尖っているとか、手の平にも毛が生えているとか、通常の人間とはどこか違った特徴が備わっていて、それで区別できるという。薬指の長さが中指よりも長いというのも人狼の見分け方の1つであるようだ。

人狼伝説の起源はトーテミズム?

健部伸明は人狼伝説の起源をトーテミズムに求めている。狩猟民族にとって、オオカミは恐ろしい猛獣で、人間を遥かに凌ぐ能力を持っているため、素直に尊敬されていた。そこで、優れた狩猟能力や戦闘能力を有する人には「オオカミ」という称号が与えられるようになる。やがて彼らは自らの祖先をオオカミとして仰ぐというわけだ。トーテミズムというのは、自らの氏族の始祖(トーテム)を獣や鳥として崇拝する宗教形態のことである。実際、モンゴル帝国を築いたチンギス・ハーンの祖先は「Börte čino(ボルテ・チノ)《灰色オオカミ》」とされていたし、ローマの建国者ロムルスもオオカミに育てられたという伝説がある。自らがオオカミの血を受け継いでいると自己暗示にかけることで、ものすごい力を発揮できたのかもしれない2)。狩猟の時代には崇拝されていたオオカミも、農耕の時代になって、人間が羊を飼うようになると、途端に害獣へと姿を変える。また、キリスト教が普及すると、トーテミズムに関わるような呪術師たちは魔女、あるいは悪魔として弾圧されるようになる。そのような時代の流れの中で、人狼は恐ろしい魔物になってしまったのである。

16世紀は魔女狩りが盛んに行なわれた時代で、当時の記録には、狼男としてたくさんの人が裁判にかけられているようだ。フランスのドールで捕まったジル・ガルニエ(Gilles Garnier)も、人狼として12人の子供を殺して食べたとして火あぶりの刑に処せられている。

2) オオカミの毛皮を身にまとったり、オオカミの化粧を身体に施したりして身も心もオオカミになりきろうとした。こういうのをフレイザーは「共感魔術」そして「類感魔術」と呼んだ。「形の似たものは相互に影響を及ぼし合う」という法則で、オオカミの格好をすれば、オオカミの能力を得られるとする魔術のこと。北欧にはberserkr(ベルセルク)という単語があって、これは《熊の毛皮を着た者》という意味。熊と同化して戦闘能力を発揮しようとしたものと考えられる。

《参考文献》