イフリート
[アラビア伝承][イスラーム]
عِفْريت(イフリート)、pl. عَفاريت(アファーリート)《狡賢い》【アラビア語】
Ifrit(イフリート)【英語】、鬼神(イフリート)【日本語】
怖ろしいアラビアの精霊イフリート
イフリートはアラビアの伝承に登場する怖ろしい精霊のこと。女性はイフリータと呼ばれる。アラビアの精霊はジンニーと呼ばれていて、唯一神アッラーフが天使(マラーク)と人間の中間的な存在としてつくったもので、『クルアーン(コーラン)』にもちゃんとその存在が明記されている。イフリートはそんなジンニーの一種、あるいはその同義語であると考えられる。
『クルアーン』によれば、アッラーフはマラークたちを光から、そしてジンニーたちを煙の立たない炎からつくったとされる。その後、最初の人間アーダムを土と水からつくった。アッラーフはジンニーたちに対して人間にひざまずくように命じたが、ジンニーの親玉であるイブリースはそれを拒み、天界から追放されたという。
イフリートはしばしば『千一夜(アルフ・ライラ・ワ・ライラ)』に登場する。ランプや指輪、瓶などに封じられていることも多い。「アラジンの魔法のランプ」に登場するランプの精霊も、実はイフリートで、ランプをこすった人間のどのような願いを叶えてくれる。実体はなく、変幻自在で、種々の魔法を使いこなすという。アラジンはイフリートの魔法によって国王になった。
実際、『千一夜』の中ではジンニーとイフリートという単語の使用は厳密には区別されておらず、同じ存在のことをあるときはジンニーと呼び、あるときはイフリートと呼んだりしている。《巨人》を意味するマーリドもイフリートやジンニーを指す言葉として用いられている。強いて区別すれば、ジンニーの中でも特に恐ろしいもののことをイフリートと表現するのだと解釈することもできるだろう。けれども、『千一夜』に登場するイフリートたちは案外、抜けている。女性をさらって大理石の箱の中に閉じ込めておくものの、眠っている間に次々と浮気をされてしまっているという話や、漁師に騙されて青銅の壷に封印されてしまうなどの間抜けな一面も多くある。大衆に広く親しまれていた存在ということなのだろう。
ジンニーの階級の二番目?!
一説によれば、ジンニーは五階級に分類されるといい、下から順にジャーン、ジン、シャイターン、イフリート、そしてマーリドとなる。この分類に従えば、イフリートは上から二番目の階級に属することになる。この階級に関する伝承の出典は定かではないが、少なくともボルヘスが『幻獣辞典』の中で「ジンは五つの階級からなる」と言及している。しかし、ジンのトップに君臨するはずのイブリースがアル・シャイターンと称されることもあるなど、この階級には疑問も残る。日本ではしばしば「鬼神(イフリート)」などと表現されている。
イフリートは炎の魔神という誤解
近年のファンタジィ小説やゲームなどではイフリートは炎の魔神などと説明されていることが多い。「ダンジョンズ&ドラゴンズ」を始めとして「ファイナルファンタジーシリーズ」や「テイルズ オブ シリーズ」では炎の属性を持った魔神として登場する。実際、一九八〇年代のゲーム関連の解説書の類いには「アラビア伝承に登場する炎の魔神」などとまことしやかに記述されていることもある(!)。イフリートはジンの仲間なので、その実体は確かに煙からできているが、けれども、アラビア伝承に登場するイフリートは特に炎と強く関連づけられた精霊というわけではない。このような誤解は「ダンジョンズ&ドラゴンズ」の設定に負うところが大きい。「ダンジョンズ&ドラゴンズ」ではジンを水、火、風、土の四大精霊と結びつけて、それぞれ水の魔神をマーリド(Marid)、火の魔神をイフリート(Efreeti)、風の魔神をジンニー(Djinn)、土の魔神をダオ(Dao)とした。その後、さまざまなゲームなどでこの設定が踏襲されたため、イフリートといえば炎の魔神であるかのような印象を与えているのである。
《参考文献》
- 『Truth In Fantasy 事典シリーズ 2 幻想動物事典』(著:草野巧,画:シブヤユウジ,新紀元社,1997年)
- 『真・女神転生 悪魔事典』(監:健部伸明,新紀元社,2003年)
- 『図説 幻獣辞典』(著:幻獣ドットコム,イラスト:Tomoe,幻冬舎コミックス,2008年)
- 『モンスター・コレクション 改訂版』(著:安田均/グループSNE,富士見ドラゴンブック,1996年)
- 『モンスター・コレクション ファンタジーRPGの世界』(著:安田均/グループSNE,富士見ドラゴンブック,1986年)