平四郎虫(ヘイシロウムシ)
[日本の妖怪]
平四郎虫〔heisirômusi〕(ヘイシロウムシ)【日本語】
無実の罪で打ち首になった平四郎。その亡魂が妖虫になって稲を喰い荒らした。村人たちは平四郎を祠に祀って怨霊を鎮めた。
■ 無実の罪で打ち首に……その怨みが妖虫に!
恨みを抱いたまんま死んでいった人間の魂が虫になって現れて恨みを晴らそうとする話がいくつか伝わっている。その1つが六郷町1)に伝わる平四郎虫だ。
あるとき、庄屋さんの家の土蔵の中の宝物が盗まれた。土蔵の入り口は鍵がかかったまんまで、今でいうところの密室状態。みんな首を傾げていた。そこに、毎日、野山で遊んでばかりいる平四郎という男がひょっこり帰ってきた。平四郎は壁に小さな穴を見つけて、ここから入ったに違いないと言った。というのも、彼は山の小さな岩穴に何度も入ったことがあって、その要領で入れそうだと思ったのだ。ところが誰も信じようとしない。そこで平四郎は実演してみせたのだ。すると役人はこれを見て、平四郎が犯人に違いないと思い込んで捕らえた。平四郎が必死で弁解するも、平四郎のことを変人だと思っている村人たちは取り合わない。結局、平四郎は打ち首の刑に処せられることになった。平四郎は「死んだら虫に生まれ変わってこの怨みを晴らしてやる!」と言い残して死んでいったという。
その翌年から、村の畑には奇怪な虫が大量に発生し、農作物を喰い荒らす被害が続出した。村人たちは平四郎が怨みを晴らしに来たと、この虫を平四郎虫と呼んで恐れ、平四郎の霊を鎮めるために小さな祠を建てて、その霊を祀ったという。
1) 六郷町:山梨県の南西部。現在は市町村合併されて市川三郷町。
■ 似たような虫の妖怪
穴虫という場所2)には、木熊虫(キクマムシ)という妖怪が伝わっている。大根を盗んだために見せしめに生き埋めにされた木熊という女性が虫になって大根を喰い荒らす妖虫になったというもの。また、篠原の合戦で加賀国3)にて木曾義仲の軍勢に討たれた斎藤実盛も実盛虫(サネモリムシ)になって稲を喰い殺す妖虫になったと伝えられる。稲の切り株に馬がつまずいたために切り殺されてしまったというのだから、何とも間抜けな話だ。次吉村と奈胡村4)には善徳虫(ゼントクムシ)というのが出没したと伝わっている。銀を蓄えた善徳という僧侶が殺されたというのだが、この亡魂が稲を喰い荒らす妖虫になったというのだ。このように、農作物を荒らす害虫の妖怪は日本各地に残されている。
せっかく育てている農作物をダメにしてしまう害虫は農民たちにとって恐ろしいものだったのだろう。そのような害虫の発生を、何らかの祟りや怨霊と結びつけた伝承といえる。
常元虫(ジョウゲンムシ)というのも知られている。昔、悪事を働いていた南蛇井大左衛門という男が、後に常元と名を改めて、改心しておとなしく生きていたが、昔の罪のために縛られて晒し首にされた。常元が埋葬された土の上にはおびただしい虫が発生したという。また、お菊虫(オキクムシ)というのも、無実の罪で殺されたお菊の怨霊で、ジャコウアゲハのサナギのような妖怪だが、まるで人が後ろ手に縛り上げられているように見えるという。下野国で獄死した吉六虫、島根県浜田で船頭に捨てられて死んだ女の女郎虫など、死後、人間の亡魂が虫になるというパターンは日本全国に伝わっている。
また、古戦場では戦死者の魂が蛍になって両軍に分かれて合戦を行なうという言い伝えがあって、これは蛍合戦と呼ばれる。これも死後、人間の無念が虫になったものの一例といえる。
2) 穴虫は奈良県の中西部の町。香芝市穴虫。
3) 加賀国は現在の石川県の南部にあたる。現在の加賀市。尚、斎藤実盛は『平家物語』などで活躍する勇猛な武将で、決して間抜けなキャラクタではない。
4) 次吉村と奈胡村:福井県の南西部。小浜市。
《参考文献》
- 『日本妖怪大事典』(画:水木しげる,編著:村上健司,角川書店,2005年)
- 『Truth In Fantasy 事典シリーズ 2 幻想動物事典』(著:草野巧,画:シブヤユウジ,新紀元社,1997年)
- 『Truth In Fantasy 9 幻想世界の住人たちⅣ <日本編>』(著:多田克己,新紀元社,1990年)