ドヴェルグ
[北欧神話]
Dvergr(ドヴェルグ)【古ノルド語】
Døkkálfar(デックアールヴ)《闇の妖精》【古ノルド語】
Svartálfr(スヴァルトアールヴ)《黒妖精》【古ノルド語】
〔※ 後に英語のDwarf(ドワーフ)に〕
北欧神話に由来する小人の妖精族。巨人ユミルの死体から湧いたウジ虫で、神々に人間の姿と知恵を与えられる。非常に醜い姿で、地下で暮らす。太陽の光を浴びると石になる。鍛冶仕事に関しては高い才能を持っていて、神々の道具などをたくさん製作している。
■ 巨人ユミルから湧いたウジ虫
ドヴェルグは北欧神話に登場する小人の妖精族。姿は非常に醜いといわれる。闇の妖精であるデックアールヴと同一視されることもある。地下にあるスヴァルトアールヴァヘイム(Svartálfaheimr)と呼ばれる世界に棲んでいる。もともとは原初の巨人ユミルの死体(大地)から湧いたウジ虫で、神々によって人間の姿と知恵を与えられた。
■ ドヴェルグたちは天才的な鍛冶師
ドヴェルグたちは鍛冶師としての才能に長けている。神々が持っているさまざまな武器や財宝のほとんどはドヴェルグたちがつくったものだ。以下にドヴェルグたちの作品を挙げておく。
- 狙った獲物は必ず貫くというオージンの投げ槍「グングニル」
- 次々と腕輪を量産する黄金の腕輪「ドラウプニル」
- ソールが振り回すハンマー「ミョッルニル」
- 頭につけると自然に伸びてくる黄金製の「シヴの金髪」
- 自由に大きさを変えて携帯できるフレイの船「スキーズブラズニル」
- フレイの乗る黄金の猪「グッリンブルスティ」
- フレイヤの乗る猪「ヒルディスヴィーニ」
- フレイヤの持つ首飾り「ブリーシンガメン」
- フェンリルを縛りつけた足枷「グレイプニル」
- 詩芸の才能を与える「スットゥングの蜜酒」
- テュールの持つ名もなき剣
これらの財宝はすべてドヴェルグたちがつくったとされている。これらの神々の財宝の大部分を集めたのはロキだ。ロキはあるときソールの妻シヴの髪の毛を剃り落としてしまう。シヴの髪の毛の美しさに勝るものはなく、彼女がそれを自慢していたものだから、天邪鬼なロキはついついいたずら心を出してしまったのだ。ソールはこれに激怒し、ロキは慌てて「もっと素敵な髪の毛をドヴェルグたちにつくらせる」と約束して許してもらう。ロキはイーヴァルディ(Ívaldi)というドヴェルグの息子たちのもとに赴いて、髪の毛をつくるように要求する。イーヴァルディの息子たちは優秀で、頭につけると自然に伸びる「シヴの金髪」をつくってみせたのだ。さらに彼らは、神々のためにこれだけとは申し訳ないだろうと、フレイのために船「スキーズブラズニル」を、オージンのために投げ槍「グングニル」をつくってロキに献上した。ロキはそれだけでは満足せず、さらにスヴァルトアールヴヘイムを奥へと進んでいく。そこにはエイトリ(Eitri)とブロック(Brokkr)というドヴェルグの兄弟がいた。ロキがイーヴァルディの息子たちがつくった財宝を見せびらかすと、この兄弟たちは「俺たちの方がもっと立派なものをつくれる」と言い始めた。そこでロキは、彼らがイーヴァルディの息子たちよりも立派なものをつくれなければ、財宝はただでもらい、もし彼ら兄弟がイーヴァルディの息子たちよりも立派な財宝をつくったら、ロキの頭をやるという約束を交わす。エイトリとブロックはさっそく財宝をつくり始めた。ロキは虻に変身して彼らの手を刺したりして邪魔をするが、彼らは見事に黄金の猪「グッリンブルスティ」、黄金の腕輪「ドラウプニル」、そしてハンマー「ミョッルニル」をつくりあげた。
こうして財宝を持ったロキは神々のもとへ赴き「グングニル」と「ドラウプニル」はオージンに、「スキーズブラズニル」と「グッリンブルスティ」はフレイに、「ミョッルニル」と「シヴの金髪」はソールに、それぞれ献上された。彼らは協議して、「ミョッルニル」こそが巨人族と戦う最大の武器になるとして、エイトリとブロックの兄弟に勝利を与えた。それではロキがどうなったのかといえば「誰が首を切っていいと言ったんだ。頭はやってもいいが、首はやらないぞ!」などと得意の屁理屈で逃げおおせたようだ。
コラム:グレイプニルの材料は……
フェンリルを縛り上げた足枷のグレイプニル。これももちろん、ドヴェルグたちがつくったもの。けれども、その材料が非常に面白いので紹介してみよう。何とグレイプニルは「猫の足音」「女の髭」「山の根っこ」「熊の腱」「魚の息」そして「鳥の唾液」からつくられたというのだ。これらはグレイプニルをつくるために用いられたために、この世に存在しなくなったのだ。ちなみに、熊に「腱」がないのかどうか、実際のところはしらないけれど(多分、あるだろう)、これを「熊の神経」のようなものと考えて、熊にはナーバスさとか、繊細さがないという風に解釈するという説もある。それだったら納得できる。
■ ドヴェルグ、太陽の光を浴びて石に?
ドヴェルグたちは太陽光には弱いらしい。朝になって太陽光に当たって石になってしまったドヴェルグの伝承も残されている。
『Alvíssmál(アルヴィースの歌)』にはドヴェルグのアルヴィース(Alvíss)というのが登場している。アルヴィースはソールの娘のスルーズを花嫁として連れて行こうとする。ちょうどそこにソールが帰って来る。ここからこの歌は始まる。ソールは父親のいない間に結ばれた婚姻の取り決めなど知らないとして婚約を破棄すると、新たに、もしアルヴィースがソールの知りたいことに何でも答えたら娘をやると確約する。アルヴィースは《全てを知るもの》という意味で、ソールの問い掛けにすらすらと答えていく。けれどもアルヴィースはうっかりしていた。次々とソールの質問に答えているうちに太陽が昇ってしまったのだ。こうしてアルヴィースはまんまとソールの策略にかかって石と化してしまったというわけだ。
■ ドヴェルグたち、世界の四方で天空を支える
天空は半球のような形をしていて、それを世界の四隅をそれぞれ四人のドヴェルグたちが支えているという。それぞれ、アウストリ(Austri)《東》、ヴェストリ(Vestri)《西》、スズリ(Suðri)《南》、ノルズリ(Norðri)《北》という名前で、現在の英語のEast、West、South、Northの語源になっている。
■ 英語圏ではドワーフになった
英語圏で小人を表すドワーフ(dwarf)1)という言葉は、実はこの北欧神話のドヴェルグ(dvergr)に由来する。時代とともにドワーフのイメージは北欧神話のドヴェルグを離れていって、地中に棲む小人のようなものになった。太陽光線を弱点とする能力もない。『白雪姫』に登場する7人の小人たちも原文ではZverg(ツヴェルク)で、これは英語圏でいうドワーフのことだ。トールキンは『指輪物語』の中で、無骨でたくましいドワーフ族を描いた。これによってほぼ現在のドワーフのイメージが決定づけられたといっていい。
1) dwarfは発音的にはドウォーフに近いが、ファンタジィ事典では一般に知られるドワーフという表記で統一している。
《参考文献》
- 『Truth In Fantasy 48 妖精』(著:草野巧,画:シブヤユウジ,新紀元社,1999年)
- 『Truth In Fantasy 事典シリーズ 2 幻想動物事典』(著:草野巧,画:シブヤユウジ,新紀元社,1997年)
- 『Truth In Fantasy 6 虚空の神々』(著:健部伸明/怪兵隊,新紀元社,1990年)
- 『エッダ 古代北欧歌謡集』(訳:谷口幸男,新潮社,1973年)